三樹書房ホームページへ
第1回
第2回
第3回
第4回
PROFILE
いつもの荷物
旅のメモ

道の駅「公方の郷なかがわ」

室戸岬へのシーサイドドライブ

夕陽ヶ丘のキャンプ場

夕陽ヶ丘キャンプ場から室戸岬漁港を見下ろす

2.室戸岬をめざす

 朝食はホテルのバイキングですまし、すぐにチェックアウトしてパーキングタワーから相棒が出てくるのをしばし待つ。ターンテーブルでぐるりと回され、そのまま通りに走り出た。

 徳島本町一丁目の交差点を右折して、国道55号線に乗る。

 この国道は、この先ずっと高知まで続いていてるが、今日のところは途中の室戸岬まで利用する予定である。

 日曜日のせいか、朝の市街はクルマも少なく、相棒は滑らかに加速した。

 勝浦川を越えて郊外に出ると空が広がった。水田の緑が目にやさしい。私たちの前には陽に干された白っぽい道が一本、南の旅へと誘うようだった。

 今日も相棒は上機嫌でアクセルのレスポンスが軽い。

 何とも暑い一日になりそうだった。朝から肌がじりじりと焼かれる。

 しばらく行くと、道端の看板に珈琲店の文字を発見して、私は反射的に狭い駐車場へと走り込んだ。

 エアコンがほどよく効いた店内にジャズが低く流れていた。

 二人がけの小さなテーブルに案内されてオーダーし、しばらく待つと、白いカップが目の前にことりと置かれた。ひとくち含んだ。苦味が勝るが決して重い苦味ではない。夏にふさわしいすっきりとした味わいだと私には感じられた。100グラムのテイクアウトを頼み、ペーパーフィルター用に挽いてもらう。

 私は両手でカップを持ち上げて口に運び、ゆっくりと珈琲の時間を味わった。

 飲み終えて、旅日誌をつけている私のテーブルの隅に、小さな袋がそっと置かれ、挽きたての香ばしい匂いを周囲に漂わせた。今夜は素晴らしいキャンプになりそうだった。

 あらためて周囲に目を走らせると、観光ガイドブックに目を落としている女性客の姿があった。彼女は三十歳代に見える。この年代の女性のひとり旅は割とよく目にする。男たちがゲームやコミックで時間を潰している間に、女性達はどんどん外に出て自分の世界を広げていくかもしれない。

 表に出ると、真夏の日差しが容赦なく降りそそいだ。

 ふたたび南に向けて、水田が広がる一本道を走る。

 途中、道の駅「公方の郷なかがわ」にて今夜の食材を仕入れた。

 店内の地産市場には今朝方とれたばかりの獲物が並ぶ。瀬戸内のたて網漁である。まだぴくぴく動いている底物もいた。大きなタコが丸々一匹で二千円だった。この辺りのタコは味がいいので有名。流れが速い海峡に棲むので流されまいと踏ん張る。それで足によく身が入って美味という。なかでも明石海峡のタコは船に引き揚げられると八本の足でグイと立ちあがって逃げ出すとか。真偽のほどは別にして、タコ刺しやタコ焼きが美味いはずである。

 しかし、この大ダコを茹でるには大きな寸胴鍋が必要だろう。

 そんな大鍋は用意してきていない。仮に誰かに借りて茹でるのに成功したとして、これからの一週間、毎食タコというのも考えものである。一日に足を一本ずつ食べても8日かかる。前回の東北ツーリングで遠野の道の駅でキュウリを一袋買ったら多すぎた。毎食キュウリばかりを食べていたのを思いだした。

 結局、ちりめんじゃこの小袋をひとつ買った。こいつを炊きたて飯に大盛りにして、醤油とスダチをかけて思いっきり頬ばる。これだって間違いなく海の幸だ。

 あとはキャンプに定番のキュウリとトマトをカゴに入れ、最後に特産のスダチをワンパック放り込んだ。

 市場を出て、隣の土産物コーナーで柚子湯の入浴剤を見つけた。これは家族への土産。スダチだけでなく柚子も有名です。

 専用のレジが見あたらないので

 「これひとつ下さい」

 と事務所の奥に声をかけた。

 若い女性の事務員が書類の手を止めて出てきた。支払いを済ませ

 「ここから室戸岬までどれくらいかかりますか?」

 と訊いてみた。しばし思案顔になって

 「以前に私の運転で2時間ほどで行けましたけど……」

 と自らの経験を色々話してくれて

 「でも今日は日曜日なので道が混むかもしれませんね」

 と注意してくれ、

 東京で若い店員のマニュアル対応に慣らされた私の耳には、ほのかな関西風の話し方も相まって、何ともほのぼのと響きました。

 相棒のトランクを開け、キャンプ道具で満杯の隙間を見つけては、買ったばかりの食材を袋から出してバラバラにしてねじ込んでいく。

 オープンのまま炎天下に放置していたため、ハンドルがすぐには握れないほどに熱くなっていた。

 ふたたび国道55号をひた走る。車も少なく、よく整備されていて走りやすい道である。

 スピード取締り機をかいくぐり、相棒は南をめざしていく。

 阿波橘あたりで急に道幅が狭くなって旧道の趣となった。昔ながらの建て込んだ町並みを縫うように走っていく。1台先を行く東京ナンバーのセダンがとてもゆっくりなので、私はうんと車間をあけ、3速に入れっぱなしで軽く流した。やがて左手に小さな漁港が見え隠れする。潮の匂いのする河口を渡った。

 しばらくして道の駅に走り込めば、ここは日和佐である。

 今夜のキャンプ用に地元産の食材を買い足す。ちょっと長い商品名だが「日和佐川源流域産小麦と自然塩の乾麺」と「鳴門の平釜塩とスダチの塩ポン酢」を購入。さらに向かいのコンビニで四万十の水(2リッターを2本)を買った。今夜は冷やしウドンを作るつもり。さてこの三つのご当地モノが、私の口の中で一同に顔を合わせると、一体どんな四国の味になるのか。先の珈琲もあって、今夜のキャンプがとても楽しみになった。

 ふたたび55号を南下する。

 今回の旅のテーマはシーサイドドライブである。それなのに道はどんどん内陸部へ入り込んでいく。

 海をもとめて国道から離脱した。

 交差点を左折して県道147号(南阿波サンライン)のワインディングへとアクセルを踏んだ。狭い山間を抜けると、眼下に太平洋があらわれた。海岸線の入り組んだ小さな道を、軽い身のこなしで相棒は駆けぬけていく。

 最初の展望所にて小休止。

 駐車場には私たちの1台だけである。

 海に突き出た高台に展望台があった。周囲には背の高いシュロが立ち並び、南風がその細い葉を揺らしている。その向こうに茫洋たる太平洋がぐるりと見渡せた。私は売店でみぞれを買いもとめ、口の中で冷たい甘さを楽しみながら展望台にあがった。大海原に島影があった。大島であろうか。あの沖を黒潮が流れている。それを想うと四国の海に来たという実感が胸に湧きあがった。

 一杯のみぞれと、海の風に吹かれて元気になった私は、ふたたび愛車のハンドルを握り、連続コーナーの走りを楽しんだ。相棒も生き生きとした表情を取り戻した。

 牟岐(むぎ)にて再び国道55号に合流。一路室戸岬をめざす。

 宍喰温泉を走り抜けたあたりから、さらにぐっと海が近くなった。海岸沿いをゆるく弧を描いて先へ先へとのびていく道路。それに寄り添って白い渚が続いている。明るいブルーの海が広がり、沖の水平線が眩しい。全天全周が南の夏の海だった。

 私は開放感に突き動かされ、アクセルを踏み込んだ。心地よいエクゾーストノートと潮風につつまれた。私が想い描いたシーサイドドライブがここにあった。他に行き交う車の数も少なく、私は潮風ドライブを心ゆくまで堪能したのだった。

 室戸スカイラインの急登を駆けあがって、夕陽丘キャンプ場に到着した。

 日曜日なので満員で入れないかと心配したが、駐車場はまったくの空っぽで少々拍子抜けした。きれいに手入れされた芝生サイトにも先客の姿は皆無だった。麦わら帽子の作業着の年配の男性がひとり、こちらに背を向け、サイトの中央にしゃがみ込んで草とりをしていた。声をかけるとこの人が管理人だった。施設使用料千円を払った。緑にかこまれた施設はまだ新しく清潔である。

 テントを設営し、組み立て式のテーブルと椅子を置くと、さっきまでよそよそしい表情だったテントサイトがくつろぎの場に変わった。 

 コインシャワーで汗を流してから夕食の準備にとりかかる。

 炊事場でコッフェルに水を汲んでいると管理人の男性がやって来て、ここの水道管はとても旧いと言った。ためしにひとくち含むと確かにいやな臭いがした。私は冷やしウドンは諦め、釜揚げウドンを作ることにした。

 まず「日和佐川源流域産小麦と自然塩の乾麺」を「四万十の水」で茹でた。そいつを箸ですくい上げ「鳴門の平釜塩とスダチの塩ポン酢」にさっと絡めて口にすすり込む。四国産が三者そろって口の中で顔をつきあわせた恰好である。さてさてどんな挨拶が交わされたか。

 「三者ともボクトツじゃけ、話は弾まんぜよ」

 と言ったような言わないような。

 で、どんな風味だったかと言えば、もしウドンくらいに太いソーメンがあったとして、それに醤油とスダチを絞りかけたものを想像できたとしたなら、それに近い。

 管理人が帰っていって、ひとりだけのキャンプ場の日が暮れた。

 入れ替わるようにして、ひとりの若い男が何処からともなくふらりと現れた。キャンパーのようだったが荷物もなく手ぶらである。食事を終えた私は、静かに珈琲を楽しもうと準備をしていたところで、彼は私を認めると真っ直ぐこちらに向かってきた。

 「受付はどこですか?」

 少々ぶしつけに響いた。

 「管理人さんはもう帰られましたよ。また明朝来られると思いますが」

 そう私が答えると、彼は来た道を戻って消えていった。

 てっきり私は駐車場に置いた自転車を持って来るのだと思っていたのが、しかしいつまでたっても彼は戻っては来ない。何かあったのかと気になったので、私は駐車場まで行ってみたが、そこは空っぽのまま。さらに表の通りに出て捜してみたが山道に人影は皆無。狐につままれたようでした。

 ガスランタンを灯し、珈琲をもう一杯淹れて文庫本を読んでいると、忘れた頃になってやっと彼は戻ってきた。やはり自転車ツーリングだった。少し離れた場所にテントを張るとこちらにやってきて

 「火を貸してもらえませんか?」

 と言った。

 私はポケットからライターを取り出して渡した。

 「あの、湯を沸かしたいので・・・」

 私はクッキングストーブごと渡し、彼と少し話し込んだ。

 日本一周中だという。

 千葉を出発して北海道まで行って、本州の日本海側を九州まで南下し、現在は太平洋側を北上している最中とのこと。一日10キロしか進まないこともあるが、だいたい平均40キロを走るらしい。お互いの道中の無事を祈った。

 明日は高知まで行く。