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今回は2008年デトロイトショーで私が感じた世界最大の自動車市場アメリカにおける変化の潮流をお伝えしたい。その前に米国市場をざっとおさらいしてみよう。2007年のアメリカ市場におけるマーケットシェアーはGMの23.7%に対しトヨタ16.2%、フォード15.8%、クライスラー12.9%、ホンダ9.6%、ニッサン6.6%だった。問題は近年のシェアーの推移だ。2000年に比べクライスラーが1.6%、GMは4.5%、フォードにいたっては8.4%もシェアーを落としている。対する日本車はトヨタが6.9%、ホンダが2.9%、ニッサンも2.3%シェアーを伸ばしている。かつてはビッグ3と呼ばれたメーカーが今はデトロイト3と呼ばれるようになった理由はここにある。
そのアメリカでは現在どんなクルマが売れているのだろうか。昨年のベストセラーはフォードのFシリーズで69万台、その次がシボレーシルバーラードの62万台といずれも大型ピックアップトラックだ。カムリの47万台、アコードの39万台がそれに続くが、デトロイト3製の乗用車は唯一シボレーインパラが31万台を販売しベスト8に入っている。本来デトロイト3の得意車種だったSUVのベストセラーは10位にランクインしたCR-Vだ。昨年のベスト10にはホンダが3車種、トヨタが2車種、ニッサンが1車種と日本勢の健闘が目に付く。デトロイト3の大型ピックアップトラックへの注力は分からぬでもないが、ガソリン価格が1ガロン3.5ドルにもなり、今後も上昇が予測される中、小型経済車への対応の遅れが何より心配だ。
プレスデーの皮切りは北米カー/トラックオブザイヤーの発表だった。展示ホール一階の会場には最終選考まで勝ち上がってきたシボレーマリブ、キャデラックCTS、ホンダアコード、ビュイックアングレイブ、シボレータホハイブリッド、マツダCX-9が並んでいた。アメリカ、カナダの45名のジャーナリストが選考するこの賞を受けたのは乗用車部門ではシボレーマリブ、トラック部門ではCX-9だった。トラック部門の大半の予測は、シボレータホハイブリッドだったようで、CX-9の受賞に会場から驚きの声が上がった。
従来デトロイトショーに対する日本メーカーの対応はかなり積極的だったが、輸入車のメイン市場、ロスアンゼルスショーの開催時期が変わり、少し様相が変化してきたようだ。レクサス、インフィニティ、アキュラに加えてニッサンもプレスコンファランスを行なわず、総じて日本メーカーは余り目立たなかった。その対照が中国車だ。2年前にはじめてデトロイトショーに登場、北米市場導入にはまだかなりの時間を要するはずだが今回は5社も展示、多くがプレスコンファランスを開催し、リトラクタブルハードトップ装着車やハイブリッド車も展示されていた。今回展示されていた商品がそのままアメリカ市場に通用するとは私には思えないし、品質レベルなど対応すべき課題は少なくないとは思うが、近年販売を伸ばしてきた韓国車に続き、中国車がアメリカ市場に進出を果たすのは時間の問題だろう。
高級車市場にも変化の予兆が読み取れる。昨年のベストセラーブランドはレクサスで33万台近くを販売し、2位BMWの29万台、3位ベンツの25万台、キャデラックの21万台にかなり水をあけた。かつてリンカーンといえば高級車の代名詞だったが、今日ではその陰は薄く13万台、ジャガーにいたってはわずか1.5万台にとどまった。そして今回韓国からもライバルが出現した。現代が今夏から発売するジェネシスだ。クラウンよりワンサイズ大きく、内外装のデザインこそ保守的だが、質感はかなり高く、エンジンは3.6L V 6と4.6L V8で、3万ドル以下からスタートするという価格は驚きだ。短時間で大きなシェアーを獲得するのは至難と思うが、デトロイト3や、日本メーカーにとっては脅威の新星だろう。
かつてはチェロキー、グランドチェロキー、エクスプローラーなどのSUVが一世を風靡したが、それらはいずれもフレームの上にボディーを乗せるタイプだった。しかしいくら原野や砂漠が多いアメリカでもオフロード性能のニーズは限られ、90年代後半に入るとモノコックボディの小型SUVに主流が移った。かつては月販3〜4万台を誇ったエクスプローラーも現在では1万台程度に減り、代わりに新型のCR-V、RAV4などが健闘している。その次に現れてきたのがクロスオーバービークルだ。本格的なオフロード性能は必要としない多くのユーザーにとって生活臭の強いミニバンや、余りにもオーソドックスなセダンに比べて活動的なライフスタイルをアピールしやすく、実用性も高いのが特徴で、マツダのCX-9やCX-7はまさにこのジャンルだ。今回のデトロイトショーはクロスオーバービークルのオンパレードといっても良く、今後誰がこの市場の真の勝者となるか大変興味深い。
トヨタが2000年にプリウスを導入以来着実に市場が拡大し、2007年には28万台のハイブリッド車をアメリカで販売、当初は懐疑的だったデトロイト3も無視できなくなってきたようだ。GM、ベンツ、BMWが共同で開発を開始し、今回のデトロイトショーではGMが向こう4年間に16車種を投入、2010年にはプラグインハイブリッド車の生産を開始すると発表した。トヨタは2010年までには世界で100万台の規模に拡大、2010年までにプラグインハイブリッドをフリート販売すると発表したが、GMとのプラグインハイブリッドの先陣争いは大変興味深い。
ホンダが1999に導入したインサイトは既に生産を中止し、CIVICも苦戦、トヨタに大きく水をあけられたが、2009年までにハイブリッド専用車を導入、2011年までには新型シビック並びにハイブリッドスポーツカー(CR-Z)を追加、2011年までにはハイブリッド車の年産が40〜50万台に拡大すると発表した。また今回中国のBYD(携帯電話用電池メーカー)もハイブリッド車を展示、バッテリーのみで60マイル走行可能で、アメリカに3〜5年以内に導入予定すると公表したのは興味深い。JDパワー(顧客の声を企業に直接届けることを目的に、1968年にアメリカで事業を開始以来、さまざまな業界で各種の市場調査を実施)は2014年には約6.5%のクルマがハイブリッド車になると予測している。
プレスデーの初日、GMのワゴナー会長が、「GMは台所のごみ、木くず、草、都市ごみなどに熱を加え、出てきた一酸化炭素と水素のガスに特別なバクテリアを使ってエタノールを生産する技術に取り組んでいるCoskata社を全面的にバックアップ、1ガロン1ドル以下の実現をめざす」と発表した。この新しい技術はオクラホマ州立大学で開発されたもので、1トンの廃材から100ガロンのエタノール精製が可能という。Coskata社は今年中に年間4万ガロン製造可能な試験プラントを建設、それを利用してGMは各種の車両実験を行なうという。現在E85(エタノール85%燃料)の販売は低調で全米17万軒のスタンドで給油可能はたったの1400軒だが、GMとしては2012年までに半数のスタンドでの給油可能化を目標にするという。ブッシュ大統領が署名した「2022年までに360億ガロン(そのうち210億ガロンはトウモロコシ以外から製造)のエタノール供給を可能にする」というエネルギー法に歩調を合わせた、アメリカの国家戦略としての一つのシナリオだろう。
一方の欧州勢はディーゼルエンジンへの拍車が更にかかっている。アウディはV型12気筒TDIエンジン搭載のR8のコンセプトカーを発表し、BMWも335d、X5 3.0sdを、ベンツは2.2Lブルーテックディーゼル搭載の新型SUV、GLKを発表、VWも今年中にジェッタのクリーンDE版を発売するという。日本勢では三菱がコンセプトRAというスポーツカーを展示したがそのエンジンは2.2Lのクリーンディーゼル(204ps)で2010年導入を検討中という。JDパワーの予測では、2014年には10%のクルマがディーゼルエンジンになるとみているが、最新のディーゼルエンジンはその性能、騒音、燃費のいずれの視点からみてもアメリカ人の心を揺さぶるに十分であり、今後アメリカ市場でディーゼルエンジンがどのように受け入れられてゆくかに注目してゆきたい。
そして最後が新型スマートフォーツーのアメリカにおける販売が今年から開始され、それに伴いアメリカで超小型車時代が幕開けするかどうかという点だ。デザインは従来モデルとそっくりだがややサイズが大きくなり、エンジンは三菱製の999ccの3気筒となった。有力なペンスキーオートモーティブがディストリビューターとなり、当面68の拠点から販売開始するが、価格は$12,000強からと安く、すでに3万台のバックオーダーをかかえているという。まだ新型スマートフォーツーの試乗は果たせていないが、アメリカの大都市での通勤や買い物、リゾートエリアや裕福な退職者たちが多く住む地域の生活手段などにはもってこいのクルマであり、ガソリン価格の高騰にも伴い、今後の動向を大いに注目してゆきたい。
以上のように今回のデトロイトショーはなかなか興味深いショーだったが、何といってもデトロイト3の復活こそがアメリカの経済、しいては日本車の健全な成長にも不可欠であり、長期的な視野にたった地球温暖化への対応技術や魅力的な商品の開発を期待しつつ、今後の動向を注視してゆきたい。
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