第12回 スズキスプラッシュとハンガリー工場
第12回 スズキスプラッシュとハンガリー工場
・試乗グレード  1タイプのみの設定 (FF・CVT)
・全長  3,715mm
・全幅  1,680mm
・全高  1,590mm
・エンジン形式  K12B
・種類  水冷直列4気筒DOHC16バルブVVT
・排気量  1,242cc
・最高出力  88ps(65kW)/5,600rpm
・最大トルク  11.9kg・m(117N・m)/4,400rpm
・車両本体価格   1,239,000円(税込)


スズキのハンガリー工場の生い立ち

今回見学の機会を持つことが出来たのはブタペスト市内から約50kmのエステルゴム市にあるマジャールスズキ(株)の組立工場だ。マジャールとは「ハンガリー」の意味だが、以下この工場進出の足跡を簡単に振り返ってみよう。乗用車生産に関するプロポーザルをハンガリー政府に提出したのが1985年、1991年4月に合弁会社を設立し、1992年9月に年産5万台規模の工場が完成、同年10月から生産を開始した。1985年といえばハンガリーはまだ鉄のカーテンのかなたにあった。民主化が進められ、オーストリーとの国境に設けられていた鉄条網が撤去されたのが1989年、北大西洋条約機構に加盟したのが1999年、欧州連合(EU)への加盟が2004年だから、いかに早い時期にハンガリーへの進出を決意したかが分かる。

今やハンガリー最大の企業に

1994年には1万9,300台だった生産台数はその後の生産規模拡大により右肩上がりで上昇、2004年に10万台、2006年に16万4000台、2008年には28万5000台を生産、スズキの一大生産拠点に成長した。マジャールスズキは現在6000人の従業員を擁するハンガリー最大の企業であるとともにハンガリー国内に約70社のサプライヤーを擁し、ハンガリーの全輸出額の3%を担う会社になっている。一方では現在でもEU圏内の平均賃金に比べてかなり有利な労働コストで生産を行うことが出来るようだ。

生産車種の拡大と品質への注力

この工場で現在生産されている車種は、2005年2月から生産を開始したスイフト、2006年2月からはSX4、2008年2月からはスプラッシュが加わり、更にSX4のフィアット向け車両、スプラッシュのオペル向け車両も生産されている。スプラッシュは日本向けも含めて全数ハンガリー工場で生産されており、製造ライン、設備はもとより、作業工程、ラインスピード、更には検査プロセスまでまさに日本式のクルマづくりがそのままハンガリーに移植されたように感じた。

日本向けのスプラッシュは、日本のユーザーの細部にわたる品質上の要求に対応すべく、欧州向け車両以上の厳しいチェックを全数行なっているという。見方を変えればそれが欧州生産スズキ車の製造品質向上に貢献することも充分に考えられる。ハンガリーへの早期進出、日本式のクルマ作りの定着、更には欧州向けの全てのスズキ車を生産する一大製造拠点への発展など、スズキの先見の明にはまさに脱帽に値するものだ。

スプラッシュとはどんなクルマ?

スプラッシュは欧州市場を主眼に開発されたもので、2004年にOEM供給するオペル社と共同でプロジェクトチームを発足し、欧州におけるデザイン開発、部品ソーシングを開始、それに先立って開発された世界戦略車スイフトのプラットフォームを基本に、スイフト同様、欧州における徹底的な走り込みを行ない、エンジン、車体、足回り、シートなどを開発したという。スイフトに比べてホイールベースが30mm短く、全高が80mm高く、全長が50mm短い5人乗り「トールコンパクト」で、1.2LのDOHC16バルブVVTエンジンとCVTを組み合わせたパワートレインは日本市場専用だ。

いつから発売?

2008年10月から発売。

お値段(車両本体価格)は?

車両本体価格1,239,000円(税込)



優れたパッケージング

前述のように、スイフト比ホイールベースが30mm短い2,360mm、全高が80mm高い1,590mm、全長が50mm短い3,715mmの「トールコンパクト」で全幅は1,680mmと小型枠だ。今回たまたま5名フル乗車する機会があったが、後席に大の男3人はちょっときついが、平均的な日本人なら5人乗車は可能だ。全高を高めたことにより運転席のヒップポイントも高めで、前方視界が良好であるとともに、後席のヒップポイントは前席より40mm高く、後席乗員の前方視界もいい。軽自動車のようなカテゴリーがなく、燃料価格高騰に対する不安も大きい欧州市場において、スプラッシュのようなコンパクトカーの重要性はますます拡大してゆきそうだ。


充分なラゲッジスペースと利便性

後席後方のラゲッジスペースはミニマムだが、それでも小物は充分に置けるし、ラゲッジルームの床下のある樹脂製のアンダーボックスもかなりな容量があり、小物、ぬれた物、汚れた物などを置くのにも便利だ。後席は6:4分割可倒方式で、ワンタッチで左右の背もたれを倒せばフラットなカーゴスペースとなり、用途に合わせたシートアレンジが可能だ。後席のスライド、リクライニング機構はなく、後席乗員のひざ前スペースもワゴンRに及ばないが、必要にして充分なラゲッジスペースは確保されている。

小物の収納性にもそれなりの配慮がなされており、グローブボックス上方のインパネトレーやインパネ上部中央のボックスは使い勝手がよく、助手席シートクッション下のアンダートレーはワゴンRゆずりだ。日本専用スペックなのか、インパネ中央のカップホルダーがコストに厳しいはずのスズキとしては珍しく複雑な構造になっているのにはちょっと驚いた。


存在感のある外観スタイル

スプラッシュの外観スタイルは好き嫌いが分かれるようだが、私にとっては大変好ましいデザインだ。まず顔がいい。欧州の町並みの中で、同クラスの国産車はもちろん多くの欧州車に比べても存在感が抜きん出ているように思う。サイドからリア周りのデザインも前後フェンダーの処理を含めて悪くない。日本の街角にもフィットし、乗ることに誇りを持てて、インテリジェンスを感じる数少ないコンパクトカーだ。幅方向の制約はあるにせよ軽自動車でスプラッシュのような外観スタイルが実現できれば、これまでの軽デザインでは満足できない人たちにもアピール出来るのではないだろうか。またこの顔つきはスズキのアイデンティティとして育成してゆく価値がありそうだ。


平凡な造形で質感に乏しい内装

外観スタイルに比べて内装デザインは平凡で質感に欠けるのが惜しい。内装デザインも欧州をベースに開発されたのかどうかは知らないが、オーバルをテーマにしたというインパネ周りはインパクトが弱く、大型単眼メーターそのものは悪くないが、色彩、文字、夜間照明などが必ずしも「そそられる」ものではない。またインパネ周りのシルバー塗装、インパネ上面、ドアトリムなどの絞や艶も質感が今一だ。ステアリングホイールの見た目と触感も誉められない。123.9万円というバーゲン価格ゆえ多くを期待するのは的外れであることは良く分かるが、このあたりの作りこみいかんによって内装全体の質感は大幅に向上するはずだ。スイフトの方が好ましい造形と質感を備えている。サイドカーテンエアバックが標準装備になっているはうれしい。


◎をあげたいシートと全席3点シートベルト

一方で◎をあげたいのがシートと全席3点シートベルトだ。いまだにシートクッション長が不足する日本車が多い中で、前後ともに寸法が適切でクッションの硬さもいい。前後のバックレストのサイズ、クッション硬度も好ましく、ホールド感も良好で、長距離走行が苦にならない。ちなみに私の体重は58kgと多くの欧米人よりは軽いが、スプラッシュのシートの硬さがうれしい。多くの国内メーカーにおいては、シート開発はシートメーカー任せが多い中で、スズキでは近年シート設計を社内で行なってきたと聞いている。加えて欧州における開発過程で、シートのあるべき姿に対する明確なフィロソフィーが形成されてきたのであれば、それらの努力の成果として大いに称賛したい。加えてうれしいのは後席中央シートも3点シートベルトになっていることだ。シートで唯一注文があるのは表皮の質感だ。シート全体、更にはシートにインサートされているブルー系の布地も質感が充分とは決して言えない。


走る、曲がるはなかなかいい

日本市場向けはスイフト同様1.2LのエンジンとCVTを組み合わせたものであり、5人乗りでの登坂はやや厳しいが、大半のシーンで不満のない走りを示してくれた。CVT特有の違和感も非常に少ない。スプラッシュはステアリング・ハンドリングも欧州市場を前提に開発されただけに、まっすぐ走ることはもちろん、ワインディング走行も楽しく、気持ちいい。この点もスプラッシュの大きな魅力点としてあげられる。スイフト以来欧州にける走りの領域の作りこみに注力しているスズキの最近の走りの気持ちよさは国内他社をリードするものであり、軽自動車にまでその影響が及んでいるのはうれしい。欧州におけるダイナミックスの作りこみが日本の走行条件でも非常に有効なことは多くの欧州車の事例からも明確だ。今後スズキがそのような努力を加速させてゆくことにより日本車の中における独自のポジションを築けるのではないかと思う。


乗り心地と燃費はもう一歩

走りの領域で改善してほしいのは以下の2点だ。まずは低速時の路面の凹凸や、舗装の継ぎ目のショックなどの乗り心地の領域だ。現状でも苦痛というレベルではないが、一人乗りでもややショックが過大であり、5人乗車時には若干悪化する。この領域の改善によりスプラッシュに乗る喜びは一段と拡大するはずだ。次が実用燃費だ。今回の走行距離は466km、都内が約20%、高速が約80%と車評コースよりやや有利な走行条件だったが実測燃費は13.3km/Lで終わった。昨年末の試乗時には箱根往復330kmで14.0km/Lだった。これらの結果から推察すると、車評コースでの燃費はこれらより若干低いはずだ。ちなみにカタログ値は18.6km/Lだ。走りのポテンシャルのはるかに高いゴルフトレンドラインと同時比較しても、実測燃費ではゴルフトレンドラインに軍配が上がりそうだ。高速巡航燃費にも着目した実測燃費の更なる改善を望みたい。


スプラッシュは誰におすすめ?

内装デザイン、乗り心地、燃費などに厳しい評価を下したが、価格も含めて総合的には非常に魅力あるコンパクトカーであり、ほとんどの国産コンパクトカーと比較してもその価値において決してひけを取らないばかりか、デザイン、走りの質などでは凌駕するものがある。また同クラスのフィアット500、BMWミニ、VWポロなどと比較をすれば、「はるかに安い価格で買うことが出来る欧州車」という見方も出来そう。軽自動車へのダウンサイジングには抵抗がある人たちも格好の対象となってもおかしくない。ちなみに私には今一番ほしいコンパクトカーの一台だ。

大型宣伝キャンペーンを張ることは許されない中で、一般的にはほとんど知られていないスプラッシュの魅力を、如何にして一般ユーザーに認知してもらうかが最大の課題だ。社内的にはスイフトとの共食いを心配される向きもあるかも知れないが、「コンパクトカーはスズキ」というイメージ確立に向けて広報活動を中心に思い切った活動を展開することも決して無駄ではないと思う。

スプラッシュの+と−
+ 小型ながら存在感のある外観スタイル
+ 走る、曲がる領域の気持ちよさ
+ 123.9万円という魅力的な価格
− わくわく感に欠ける内装デザインと質感
− 舗装の継ぎ目などの乗り心地
− 今一歩の実用燃費

マジャールスズキ全景
ハンガリーのブタペスト市内から約50kmのエステルゴム市にあるマジャールスズキ(株)の組立工場全景。1992年9月に年産5万台規模の工場でスタート、その後生産規模を順次拡大、2008年には28万5000台が生産された。


マジャールスズキの検査ライン
日本向けは、日本のユーザーの細部にわたる品質面で要求に対応するため、全数欧州向けよりも厳しいチェックを行なっているとのこと、見方を変えればそれが欧州生産のスズキ車の製造品質の向上に貢献することも充分に考えられる。


工場の説明と工場案内をいただいた方々
忙しい中をマジャールスズキのこれまでの足跡をご説明いただき、組み立てラインを見せていただいた。製造工程、製造品質、サプライヤーなど日本式クルマ作りをハンガリーに定着させるまでには大変なご苦労があったに違いない。


スプラッシュの外観スタイル
欧州の町並みの中での存在感もかなりなものだが、日本の街角にもフィットし、乗ることに誇りを持てて、インテリジェンスを感じるデザインだ。同クラスの国産車はもちろん多くの欧州車に比べても存在感が抜きん出ていると思う。


インパネ周りとハンドル周り
オーバルデザインをテーマにしたインパネ周りデザインはもう一つインパクトに欠け、インパネ各部の塗装、絞、艶、メーターまわり、ステアリングホイール、樹脂製ドアトリム、などの質感はあまり誉められない。


トランクスペース
後席は6:4分割可倒方式で、ワンタッチで左右の背もたれを倒せばフラットなカーゴスペースとなり、用途に合わせたシートアレンジが可能。36Lのラゲッジアンダーボックスも各種の小物入れとして便利。


後席中央にも3点ベルト
シートに加えてうれしいのは後席中央シートも3点シートベルト、更にはサイドカーテンエアバックが標準装備になっていることだ。シート全体、更にはシートにインサートされている布地の色合い、質感などはもう一歩。


エンジン
1.2LのDOHC16バルブVVTエンジンとCVTを組み合わせたパワートレインは日本市場専用だ。大半のシーンで不満のない走りを示してくれたが、実用燃費はもう一歩で、高速巡航燃費にも着目した実測燃費の更なる改善を望みたい。


ミニとの比較
スプラッシュを街角でみると実にコンパクトだが、ミニに比べていかにスペース的に成長しているかが分かる。スプラッシュのようなクルマがこれからの世界におけるベーシックカーのスタンダードになっても不思議はない。




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