論評11 右脳にアピールするクルマづくりを



「第1回スポーツカー・フォーラム2010」はスポーツカーの愛好家有志による企画、運営、三樹書房、グランプリ出版、エンスーCARガイドの後援により開催されたもので、インターネットで応募した150人を超えるスポーツカーファンが集い、場所はマツダが横浜R&Dセンターを提供、スポーツカーの楽しさや存在意義についての講演と対話が行われた。

講演者は国立科学博物館の鈴木一義氏、ロードスターフォークラブ会長大柳覚氏、コスモスポーツカークラブ会長松田信也氏、初代ロードスター担当主査平井敏彦氏、2代目、3代目ロードスターならびにRX−7担当主査貴島孝雄氏、そして小生の6名である。鈴木氏の「ものづくりの視点から見たスポーツカー」という講演に始まり、平井氏からは初代ロードスターの開発初期の葛藤のお話と大柳氏とのロードスター対話、松田氏からはグッドウッドフェスティバルや昨年ドイツで行われたコスモスポーツカー国際ミーティングのお話、貴島氏からは「エンジニアからみたスポーツカー論」などいずれも大変興味深いお話をうかがうことが出来た。日本におけるスポーツカー文化が拡大することを心から願うと共に、そのためにもこの種の対話やイベントが今後も継続、発展することを期待したい。今回の車評オンラインでは、その時の私のお話、「右脳にアピールするクルマづくりを」のエッセンスをお伝えしたいが、まずは50年を越える日本のスポーツ・スポーティーカーの歴史から始めよう。




フェアレディ1500、ホンダスポーツ、トヨタS800などがクルマ好きの心をくすぐり、一方ではトヨタ2000GT、マツダコスモスポーツなどの少量生産、高価格スポーツが話題性を提供、フェアレディZ、ファミリアロータリークーペなどが60年代の最後を飾った。



70年代の初めフェアレディZがアメリカで大ヒット、日本でも好評を得るが、オイルショックの影響でその他のスポーツカーは初代RX-7までおあずけとなる一方、サバンナクーペ、初代セリカ、初代プレリュードなどが導入され、スポーティーカー市場が確立した。



経済の回復により市場が拡大、マツダが2代目RX-7、ロードスター、トヨタがMR-2などを導入、一方ではトヨタAE85/86、ニッサンシルビア、ホンダCR-Xなどが若者の心を掴み、スポーティーカーの販売は89年に32万台を突破、ピークを迎える。



フェアレディZ、ロードスター、2代目MR-2などがヒット、90年にはスポーツカーの販売が10万台を突破、シルビア、プレリュード、レビン・トレノなども健闘した。NSX、3代目RX-7、MR-S、S2000なども導入されるが、90年後半から市場は急激に収縮する。



各社からの新型車の導入が急減する中で、5代目フェアレディZ、RX-8、3代目ロードスターなどが健闘、GT-Rの瞬間風速も吹くが、2009年のスポーツ・スポーティーカー市場は合わせても1万台に届かなかった(ただし台数の検証困難なスイフトスポーツを除く)。



上のチャートが時代ごとのスポーツカーの車種群、下のグラフが日本におけるスポーツ・スポーティーカーの販売台数の推移をまとめたもので、50年の間どのように日本市場が変化してきたかが分かるとともに、最近の台数の低迷は大変心配だ。



マツダのスポーツカーのグローバル生産台数をみると、初代RX-7はハイレベルな生産が維持されたが、これはひとえにアメリカ市場のおかげだ。累計生産台数はRX-7が81万台、ロードスターが89万台、RX-8が19万台で、国内販売はいずれの車種も全体の1/4から1/5と、海外市場の比重が高いのが特色だ。ポルシェ911の安定した台数に注目したい。



以上が50年を超える日本のスポーツ・スポーティーカーの簡単な歴史だが、この半世紀の間には実に多くのモデルが導入され、輸出されるとともに、90年代はじめには国内市場でもかなりな台数が販売された。輸出も含めて、かつての日本は「スポーツ・スポーティーカー王国」であったといえるだろう。それに引きかえ近年は経済情勢やユーザーの価値観の変化にも起因し、市場が大幅に縮小している。また日本市場は、導入直後には驚くような販売台数が記録されても、わずか1〜2年のうちに台数が激減してしまうという特性があり、海外市場を抜きにして商品企画を考えることは大変難しいのも事実だ。

ただしここでまずふれておきたいのは、過去に成功した初代フェアレディZや初代ロードスターなどのスポーツカーは、既存市場への参入ではなく、経営者の決断と、つくり手の英知、情熱により実現した全く新しい提案型の商品だったという点だ。90万台近い累計生産を誇り、ギネスブックを更新し続けるロードスターも、初代の開発当初は決して祝福されたプロジェクトではなく、一歩間違えば、あの魅力的なデザインと人馬一体をコンセプトとしたクルマは生まれてこなかったはずだ。逆にいえば、市場が大幅に縮小した今こそ新商品の導入が求められているといえるし、その意味からも2010年に発売されたホンダのCR-Zには拍手を惜しまない。

次に言いたいのは「白物家電とは異なり、クルマほど右脳へのアピールが大切な工業製品はない」という点だ。右脳にアピールするクルマとは、魅力的な内外装デザイン、乗ることの楽しさ、気持ち良さ、静的、動的質感の高さ、心地よいサウンドなど、人間の五感を快く刺激してやまないクルマである。それらは一朝一夕に、またコストをかければできるというものではなく、感性を研ぎ澄ませた、情熱あふれる、経験豊かなデザイナーやエンジニアでなければ作り上げることのできないものであり、また経営者のクルマへの思い入れとも決して無関係ではない。「右脳へのアピール」が最も大切なのは言うまでもなくスポーツカーであり、50年を超える日本のスポーツ・スポーティーカーの歴史は日本の自動車産業にとってかけがえのない財産のはずだ。

現在の日本の自動車産業をとりまく環境をみてみると、経済の低迷や「若者のクルマばなれ」などにより国内販売が低迷、軽自動車とミニバンが市場を席巻し、スポーツ・スポーティーカーはあたかも過去の栄光のように見える。加えて円高による国際競争力の低下も顕著で、かつては輸出の花形商品でもあったスポーツ・スポーティーカーに昔の勢いはない。現在でこそ税制の恩恵もあり販売台数を確保、技術面でも世界を一歩リードしているハイブリッド車、更にはEVだが、いつまで日本がリードを保てるか定かではない。

車両やエンジンなどの海外への生産移転も一段と加速するだろう。日本市場で売られる新型マーチは全てタイ国製だ。しかしながら中国市場への欧州メーカー、中でもVW・アウディの力の入れ方は日本メーカーの遠く及ばぬところだ。韓国車(ヒュンダイとKIA)の性能、信頼性、デザインの進化のスピードは非常に速く、ウォン安もあり世界各地でシェアーを拡大中で、薄型テレビや大型液晶パネルの次はクルマとなる可能性も否定できない。その後には中国車が控えている。そして、欧州車のデザインや、動的、静的質感における日本車とのギャップは拡大中で、いわば日本車は前門の虎(欧州車)と後門の狼(韓国車、遠からず中国車も)の挟間にある。

このような環境変化に対応するためには積極的、かつ多角的な戦略転換が必須で、海外への生産移転だけでは決して十分ではなく、クルマづくりを根本から見直すことも避けては通れないはずだ。信頼性、品質、生産性、コストなどの更なる追及に加えて、資源・環境対応技術などの優位性確保に向けての全力投球が大切なのは言うまでもないが、それに加えて「右脳にアピールするクルマづくり」にも全力を注ぐべきだ。「右脳へのアピール」が最も大切なのはスポーツカーだと先ほど述べたが、スポーツカーに限らず、軽自動車やミニバンまであらゆるクルマにとっても大変重要なファクター(要件)だからだ。

しかしながら、現在の多くの日本車が、「右脳へのアピール」の点で欧州車の後塵を拝しているのは明らかで、昨年EFS社がオーストリアで実施し、私も参画した「欧州人から見た好ましい内装」の調査において、日本車と欧州車の間に歴然と差があり、愕然としたが、高級車に限らず最新のVWポロをみても、1.2L直噴ターボエンジンと7速DSGの組み合わせによる素晴らしい走りとハイブリッド車に迫る燃費に加えて、運転することの楽しさ、気持ち良さ、快適性、音質、内装の質感などの点で多くの国産上級車を明らかに上回っている。

今こそ日本の自動車産業の生き残りのために、50年を超えるスポーツカーづくりの蓄積を活用し、デザイナーやエンジニアの感性を一層研ぎ澄ましつつ、情熱を鼓舞して、時代を先取りしたスポーツ・スポーティーカーとともに、全てのカテゴリーで、「世界に冠たる右脳にアピールするクルマ」を実現してほしい。




最後にご参考までに、私が担当主査をつとめた3代目RX-7の、開発にあたっての主要注力ポイントを簡単にご紹介しておきたい。まずチームメンバーの思いを集約したキーワードは、「志、凛、艶、昴」で、艶(つやめき)と昴(たかまり)は右脳へのアピールそのものであり、コンセプトは「REベストピュアースポーツ」(ロータリーエンジンの長所を最大限に生かし、世界第一級の運動性能をもつスポーツカー)とした。



世界第一級の運動性能の実現に対して最も重要な要素のひとつは重量であり、ゼロ戦の残骸との出会いで言葉では言い表せない刺激を受けた。その影響を受けて展開した6回にも及ぶ「ゼロ作戦」と呼ぶ軽量化作戦により、少なく見ても100?の軽量化を実現することが出来た。



情熱あふれるメンバーの努力で出来上がったクルマは、低重心、50:50の前後重量配分、ミニマムなヨー慣性モーメント、シーケンシャルツインターボのRE、東西の融合と、伝統と革新の調和を実現したときめきのデザインのスポーツカーだった。

ニュルブルクリンクでのテスト風景に写っている故ポールフレール氏からは、長年にわたり実に貴重なご意見をいただくことができたのも忘れることが出来ない思い出だ。もう一点つけ加えるならば、私とポールフレール氏の間に立っている古くからの友人、ピエールデュドネ氏(ベルギー人の自動車ジャーナリスト兼レーシングドライバーで、マツダ車で7回もルマンに出場してくれた人)が、来年のマツダのルマン優勝20周年を記念して、マツダのルマンへの挑戦の足跡を出版するための取材に2010年11月に来日する予定である。彼を含む当時の仲間たちに久し振りに会えるのが今から楽しみだが、車評オンラインでもマツダのルマンへの挑戦の歴史を是非取り上げて行きたい。



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