論評10 スポーツカーは今後も生き続けるか?


かつての日本はスポーツカー王国

ダットサン240Z                    マツダサバンナRX-7
マツダ/ユーノスロードスター

1970代初期のダットサン240Zの米国市場での大ヒットを先駆けに、スポーツカーが日本車の得意分野であった時代がかなりあったが、地球規模でのエコノミー&エコロジーへの関心の拡大、経済の低迷、円高の進行による価格上昇などにも起因し、日本製スポーツカーの世界での販売は近年大幅に減少し、加えて日本のスポーツカー市場も低迷の一途をたどっている。前回も述べたが、1989年の導入以来90万台近くが販売され、ピーク時には国内の年間登録台数が25,000台を超えたマツダロードスターも、2009年の国内販売は2000台に満たなかったし、初代の240Zや初代のRX-7が月販数千台を誇ったアメリカの市場規模も現在は当時の1/10程度だ。

一方で、近年多くの欧州車の魅力は日本車を上回り、韓国車の発展はめざましく、さらに時を経ずに中国車が強力な競合相手となることも間違いない。このままでは家電、PC、携帯電話、薄型テレビなどと同様に日本の自動車産業の世界市場における相対競争力の劣化は火を見るよりも明らかだ。今回は「これからもスポーツカーは存在しつづけるか?」、「エコノミー&エコロジー時代にマッチしたスポーツカーとは?」、「日本の自動車産業にとってスポーツカーをつくり続ける意義は?」などを論じてみたい。


スポーツカーとはどんなクルマ?

全体の議論の前に「スポーツカーとは何か」について一言触れておこう。「スポーツカー」の定義は人により大きく異なり、万人に共通の定義はないといってもいい。「乗用車の終わりから始まり、レーシングカーの始まりで終わる」とする解釈もあるし、軽スポーツは勿論、いわゆるGTやスポーツスペシャルティー、更にはセダンのスポーツバージョンなどもスポーツカーの範ちゅうに入ると考えても決しておかしくない。

私自身も「乗ることが楽しいクルマ」、「運転自体を楽しむために作られたクルマ」、「人馬一体を追求したクルマ」、「感性を刺激してやまないクルマ」ならば、ボディータイプを限定する必要はないと考えている。ただし今回のテーマは、スーパースポーツのような特定の顧客だけを対象にしたモデルではなく、多くのクルマを愛する人たちを対象にした「アフォーダブル(入手可能)なスポーツカー」であり、クーペ、コンバーチブル、更にはセダンのスポーツバージョンまでを含んだものを考えている。


これからもスポーツカーは存在し続けるか?

ホンダCR-Z                      マツダロードスター
スズキスイフトスポーツ

前回CR-Z、ロードスター、スイフトスポーツの同時比較を実施したのは、ハイブリッドスポーツの商品性、エコ(エコノミー&エコロジー)時代にライトウェイトスポーツが存在する可能性、存在するとすればそのために求められる要件を見極めたかったからである。結論を先にいえば、前報のとおり、まずはCR-Zは17.0km/Lという自然吸気エンジンの軽自動車なみの実測燃費を記録するとともに、運転の楽しさは期待を大きく上回り、加えてハイブリッド故にこれまでのクルマでは実現できなかった新しい運転の楽しみが実現できることをホンダが見事に証明してくれた。またロードスターに代表されるFRライトウェイトオープン2シーターの魅力も捨てがたく、今後も生き続けるものと思うが、これからの時代にマッチするためには思い切った小型化、軽量化、燃費の大幅な向上、価格帯の見直しなどが必要になりそうだ。そしてスイフトスポーツは、コンパクトセダンのスポーツバージョンの存在価値が今後高まる可能性を予感させてくれた。

CR-Z、ロードスター、スイフトスポーツなどを総称してここでは「ライトウェイトスポーツ」と呼ぶことにするが、レクサスLFAやニッサンGT-Rのようなモデルの今後の存在価値は非常に限定されると思うし、フェアレディZのようなスポーツカーも、サイズ、ポジショニングの大幅な見直しが必要になるだろう。それらに対して、良好な燃費、求め易い価格、魅力的なスタイルを備えた、運転自体を楽しむために作られた「ライトウェイトスポーツ」は、これからの時代にも間違いなく生き続けて行くものと思う。以下これからのライトウェイトスポーツに求められる要件をあげてみたい。


これからのライトウェイトスポーツに求められる要件は?
  • 思い切った小型化、軽量化
  • 燃費の大幅な改善
  • 適切なパワートレインへの挑戦
  • ボディータイプはいろいろ
  • 人馬一体と快適性の進化
  • 魅力的な内外装デザイン
  • 実用走行条件の徹底重視
  • スポーツサウンドのつくりこみ
  • 魅力的な価格の実現

などがその主要点となりそうだ。以下それぞれの要件についてもう少し掘り下げてみよう。


思い切った小型化、軽量化

エコ時代への対応として、思い切った小型化、軽量化は避けて通れないはずだ。軽量化は乗ることの楽しさを実現する上でのメリットも大きい。ロードスターはまだライトウェイトスポーツの範ちゅうに入るものの、その延長線上の次世代モデルは考えにくい。幸いにもスポーツカーに求められる室内居住性は決して大きなものではなく、小型化、軽量化により価格的な魅力も取り戻せることも間違いないはずだ。かつてイギリスが誇ったライトウェイトスポーツのようなジャンルへの"Back to the basic"が求められるのではないか。


燃費の大幅な改善

このところのガソリン価格は一時ほどではないが、BRICSを中心とする世界市場の急速な成長による石油消費の拡大、石油資源の枯渇、更には地球温暖化対応とそのための二酸化炭素排出量の規制、企業平均燃費や二酸化炭素排出量の達成、顧客の燃費への関心に拡大などを考えるとき、燃費性能の大幅な改善も絶対に避けては通れないだろう。手法に関しては、メーカー毎に独自のメニューをいかにして選択するかが大きなポイントとなるだろうが、ライトウェイトスポーツとしては20km/L前後の「実用燃費」を目指してほしいものだ。


適切なパワートレインへの挑戦

パワートレインの選択肢は、パラレルハイブリッド、小排気量高効率エンジン、小型直噴過吸エンジン、高効率トランスミッションなどいろいろとあるはずだ。ホンダがインサイトやCR-Zに採用したパラレルハイブリッドは、ライトウェイトスポーツの新しい1ページを開いてくれそうだし、VWが新型ポロに搭載した「軽量、シンプルで小排気量の直噴過吸エンジン」を搭載したライトウェイトスポーツにもいずれかのメーカーから是非導入してほしいものだ。マツダが鋭意開発中のスカイエンジンへの期待も大きい。変速機ではMTが生き残ることは間違いないが、DSGも大いに魅力だし、CVTの活用幅も広がるだろう。駆動方式は、FF、FR、MRなどがそれぞれの存在価値を保ち続けるだろう。


ボディータイプはいろいろ

ボディータイプとして、クーペやコンバーチブルに限定する人も少なくないと思うが、「スポーツ」といえる資質を備えたコンパクトセダンの存在価値は今後確実に増加すると思う。ポロ、スイフト、デミオ、ヴィッツ、マーチ、スプラッシュなどをベースにしたスポーツバージョンには大いに興味のあるところだ。欧州にはすでにフィアット500アバルトやミニクーパーSなどがある。ただし、ベースモデルとの上手なデザイン面での差別化は必須であり、スイフトスポーツのベースモデルとの差別化が十分とはいえないのが残念だ。


人馬一体と快適性の進化

「運転する楽しさ」がライトウェイトスポーツの付加価値のキーとなろうが、その面での一層の進化が求められる上に、これまで、ややもすると犠牲になってきた快適性との共存も必須であり、そのためには、高剛性ボディーやサスペンションシステムの選定、さらには軽量でありながら快適なシートの開発などが重要な要素となるだろう。ハンドリングのために快適性を犠牲にしたライトウェイトスポーツは許容されないことは明確だ。


魅力的な内外装デザイン

心をとらえて離さない魅力的な内外装デザインの追求はこれまで以上に大切になるだろう。前回評価したCR-Z、ロードスター、スイフトスポーツはいずれもそれなりのレベルにはあるが、今後の世界市場における熾烈な競合を考えるとき、まだ十分とは言い難い。昨今の欧州車のデザイン魅力の向上、韓国車デザインの急速な進化、更には中国車の追い上げなどを考えるとき、全てのジャンルの日本車のデザインへの注力は必須であり、中でもスポーツタイプのクルマの魅力的なデザインの実現は貴重な一歩になるものと確信する。


実用走行条件の徹底重視

最高出力、0-400m加速、ニュルブルクリンクサーキットのラップタイムといったたぐいの数値は、一般ユーザーにはほとんど意味をもたないことは言うまでもないが、VWのTSIエンジンは2000回転以下のトルクの豊かさこそが一般的な走行条件下ではいかに有効であるかを見事に教えてくれるし、CR-Zは、モーターの特性も生かして、1000回転以下で最高トルクを発揮することの一般走行条件下での価値をまざまざと見せつけてくれた。

加えて、これまでの日本車のカタログ燃費と実用燃費のギャップには目を覆いたくなるものが多く、実用燃費に焦点を当てた開発こそがキーとなろう。全く必要のないオーバーサイズのタイヤを履かせる自動車メーカーの技術者には「あなた自身そのタイヤの限界の性能を一般走行で使うことがあるか?」と聞いてみたいものだ。必要以上に大きなサイズのタイヤは、燃費、コスト、重量、快適性、ばね下重量などどれをとっても百害あって一利なしだ。一言でいえば、これまでの「数値優先」のクルマ作りから、実用走行条件を徹底的に意識したクルマづくりへの転換が大切になってくるだろう。

スポーツサウンドのつくりこみ

スポーツカーを運転する楽しみとサウンドは切っても切り離せない。これまでの日本車は、騒音規制などにも起因し、「サウンド」と呼べるものが少なかったが、今後は注力が重要な領域だ。CR-Zの開発にあたっては、エンジンサウンドの作りこみにも注力したようで、かなり魅力的なスポーツサウンドが実現されている。プラグインハイブリッド、EVなどでは実現不可能な、エンジンが主役のハイブリッドシステムなればこその魅力だ。またロードスターの吸気音を室内に導く装置もシンプルだが効果は十分だ。

魅力的な価格の実現

近年素材価格の高騰などにも起因して製品コストは上昇し、一方では円高も影響して日本車の世界市場における価格優位性は急速に低下してきた。一部の富裕層を対象とするモデルとは異なり、ライトウェイトスポーツは価格感度の非常に高い商品であり、アフォーダビリティー(お求め易さ)の大幅改善が、国内市場の活性化は勿論、世界市場への浸透の大きな条件となるだろう。

日本のメーカーがライトウェイトスポーツを作り続けることの意義

ところで日本のメーカーがライトウェイトスポーツを作り続ける意義に関して以下簡単に触れておきたい。昨今の日本のクルマづくりが「左脳的になっている」ことはこれまでも何度か言ってきたが、実は「クルマほど右脳へのアピールが大切な工業製品はない」といっても過言ではない。過去半世紀余り、日本車は価格優位性をベースに、信頼性、コスト、品質などを誇ってきたが、これからのBRICSの追従をふりきるためには、これまで日本車が積み上げてきたモータースポーツや、スポーツカーづくりの歴史も踏まえたブランドの高揚が肝要であり、そのためには、世界をリードするデザインや質感などの実現に加えて、「乗ることが楽しく、気持ち良い」、言いかえると「右脳へアピールするクルマづくり」への注力が必須となるはずだ。そして「右脳へのアピール」がもっとも大切なスポーツカーを今後も作り続けることが、日本車の国際競争力を維持してゆく大きな原動力になるものと確信する。

こんなクルマが欲しい

このように述べてくると、「総論は総論として、お前は一体どんなクルマが望ましいと考えているのか」と問われそうなので、以下ご批判を覚悟で「私はこんなライトウェイトスポーツが欲しい」という願望を述べて今回の車評を締めくくりたい。

  • インサイトスポーツ


    ホンダインサイト

    実質的には2シーターのCR-Zでは自ずと市場が限定されてしまう。早い話、我が家での購入は至難だ。CR-Zの魅力的なフロントまわりや内装のデザイン、1.5Lエンジンと6速MTも含むパワープラント、乗ることの楽しさをそのまま移植したインサイトなら、家族や知人を交えて4人でのドライブを、大変経済的に楽しむことができそうだ。


  • CR-Zコンバーチブル
    CR-Zのようなパラレルハイブリッドのパワープラントを活用した2シーターコンバーチブルも魅力だ。コンバーチブルの場合、ギンギンに走るよりは、ゆっくりと四季の自然を楽しみながら、運転を楽しめる上に、ふところにもやさしいのがうれしい。ただしCR-Zに当初からコンバーチブルの計画がない場合は簡単ではないが。


  • 小排気量スカイエンジン搭載コンパクトロードスター


    燃費向上をねらったスカイエンジン

    現行よりもはるかに小型化、軽量化され、しかも伝統のFRを踏襲したロードスターには、ハイブリッドよりもはるかにシンプルな小排気量のスカイコンセプトエンジンがぴったりのはずだ。実用燃費は20km/L程度を是非目指してほしいし、内外装デザインの思い切った進化とともに、人馬一体と快適性にも一段の磨きをかけてほしい。


  • 小型直噴過給エンジン、DSG搭載コンバーチブル


    シングル過給のTSIエンジン

    ハイブリッド、小排気量スカイエンジンと同様に、VWが新型ポロで導入したような「軽量、シンプルで排気量の小さい直噴過吸エンジン」とDSGを搭載したコンバーチブルが欲しい。そのようなモデルに、はたしてどこのメーカーがチャレンジしてくれるだろうか?フォルクスワーゲン、スズキに限らず、マツダ、ホンダなどにも是非挑戦してほしい課題だ。


  • 1.2L TSI搭載スイフトスポーツ


    素材として優れた資質を持つスイフトスポーツ

    スズキに是非とも実現してほしいのは、VWと資本提携を生かした、1.2LのTSIエンジンと7速DSGを搭載したスイフトスポーツだ。ポロよりもかなり小型で軽量なスイフトスポーツだが、現行の125馬力の1.6LのNAエンジンよりも、105馬力の1.2L TSIの方がはるかに走り感も燃費もいいはずだ。20km/L近い実用燃費が可能かも?


  • 1L 3気筒TSI搭載スプラッシュスポーツ


    ハンガリーで量産されているスプラッシュ

    VWと資本提携したスズキに是非とも実現してもう一つのクルマは、おそらくVWが開発しているに違いない1Lの3気筒TSIエンジンとスプラッシュとの組み合わせだ。VWが首をたてに振らない場合は、1.2LのTSIでもいい。スプラッシュは現行でも走りの素性が良いが、その上に現行車も真っ青になる燃費が期待できるかもしれない。


  • 新型マーチ12SR


    従来型のマーチ12SR

    まもなく新型マーチが導入となるが、ニッサンに期待したいのはオーテックの手になる12SRの新型だ。これまでのマーチ12SRが素晴らしく運転の楽しいクルマだったので、大いに期待を寄せたいところだ。ただし、燃費の大幅改善と、デザイン面での差別化、オーテックブランドの世界市場における確立にも挑戦してほしい。


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