2019年4月25日
BMW Z4と8シリーズ クーペの試乗会が開催されました。その様子をお伝えします。(レポート:相原俊樹)
良質なブドウが豊作で、後年に名を残すワインの名品が多数生まれた年をビンテージイヤーというのはご存じの通り。どうやら2018~19年はBMWにとってビンテージイヤーになりそうだ。日本市場では昨年11月に新型8シリーズ クーペを発表、同日発売になったのを皮切りに、年明け早々の1月に同社の大黒柱、3シリーズの新型が発表、次いで3月には刷新されたZ4が国内導入になった。
インポーターのビー・エム・ダブリュー(株)は4月16~19日の4日間、アネスト岩田 ターンパイク箱根を拠点に新型Z4と8シリーズ クーペの試乗会を開催、私はこの贅沢なイベントに参加する機会に恵まれた。
試乗会はこの2台の製品説明からスタートした。Z4を担当したのはブランド・マネジメント・ディビジョン プロダクト・マネージャーのマーク・アップルトン氏。
BMWのロードスターを象徴する「Z」の称号を冠した最初のモデルであるZ1から、先代のZ4にいたる歴代Zのなかで、Z3の生産台数が約29万7000台と断トツのヒット作だったことを知って、かつてZ3を愛用していた私は嬉しくなると同時に、新型Z4への期待が高まった。アップルトン氏が様々な新機構や、ニュルブルクリンク北コースを7分55秒で走ったことなどを流ちょうな日本語で解説したのは見事だった。
次いで、同じくプロダクト・マネージャーの御館康成氏が登壇、8シリーズを解説する。新機軸満載の「8」だが、私が個人的にもっとも興味を抱いたのは「ハンズ・オフ機能付き渋滞運転支援機能」だった。高速道路を60km/h以下で、前走車に追従して走行中という前提をクリアすれば、クルマは自律的に進路を保つという。実際、レインボーブリッジの降り口など、コンクリートの壁が近くに迫った、曲率の小さなコーナーを、ドライバーがステアリングから完全に手を離したまま走り抜けて行く様子が動画で示された。御館氏によれば、例えば首都高は世界的にも希に見る複雑な構造で、日本の道路事情を徹底的に勘案したソフトウェアを開発したという。
御館氏が一貫してこの機能を「自動運転」ではなく、「運転支援機能」と呼んでいたのも印象的だった。「主体はあくまでドライバーです」。氏のこの言葉は、このテーマに取り組むBMWの姿勢を端的に表しているように感じた。
なお、このハンズ・オフ機能は8シリーズだけでなく、新型3シリーズとX5の今夏以降生産車に標準装備となるほか、すでに納車された車両にもソフトウェアのアップデートで使用可能になるという。
さあ、いよいよ試乗の時間が来た。まずはZ4に乗り込む。ステアリングとペダルの相対的な位置が理想的で、だれでも自然な運転姿勢を取れるのはBMWに共通した美点だ。着座位置はスポーツカーらしく低いが、そこから左右のフェンダーが見て取れるのが好ましい。これだけで運転がグンと楽になる。
Z4には4つのモデルがラインアップするが、試乗車は最高位にあるM40iだった。センターコンソールのボタンを押すと、340psと500Nmのパワー&トルクを発揮する3Lストレート6が一声吠えて始動した。
先ほどまで立ちこめていた霧は晴れたが、太陽は雲に隠れている。4月中旬の箱根はまだ肌寒い。ソフトトップをオープンにして走り出すことに一抹の不安を覚えたが、これは杞憂に終わった。空気を巧く流しているのと、ウインドデフレクターが有効に働いているのだろう、キャビンに寒風が吹き込むことは一切なく、強力なシートヒーターの助けもあって、私は結局最後までオープンのままドライブを楽しんだ。
ステアリングには適度な手応えがあってスポーツカーらしい。私は特に飛ばそうという気持ちはなく、慎重に走り始めたつもりだったが、気がついてみると普段の優に2割増しくらいのスピードに達していて驚いた。新型Z4の外寸はもはやコンパクトとは言い難く、1570kgの車重はミドル級だが、そうした数字とは裏腹に、身軽にスピードを増していく。
コーナーの旋回もごく自然で、ステアリングを切れば切っただけ素直にノーズが向きを変える。典型的なサンデードライバーである私の腕でも、ターンパイクの速いコーナーを安心して回れるのは、ひとえにシャシーバランスが秀逸なおかげ。50:50の前後重量配分は伊達ではない。これにアダプティブMスポーツ・サスペンション、Mスポーツ・デファレンシャル、バリアブル・スポーツ・ステアリングを標準装備するM40iは、本格的なスポーツドライビングを堪能したい向きにも、その期待に存分に応えられる実力の持ち主だ。
その一方で、若いカップルがZ4を普段使いに供し(トランクスペースは281Lと実用性充分)、週末にオープンエアドライブを楽しむのなら、197psと320Nmの2L直4エンジンを搭載するsDrive20iで充分だろうという気もする。こちらの車両価格は566万円、対してM40iは835万円と両車間の価格差も少なくない。
Z4を試乗拠点に戻すと、一息つく間もなく8シリーズクーペに乗り換える。シート位置を合わせて走り始めてものの10mも行かないうちに、私は思わず呟いた。「高級車の走りとはこのことか!」と。とにかくスムーズなのだ。さきほどZ4で走ったのと同じ道とは信じ難いほど、乗り味がソフトで滑らかなのである。しかも後で確かめたところ、試乗したM850 xDriveは、前245/35R20、後ろ275/30R20サイズという超扁平なランフラットタイヤ(RFT)を履いているのだった。BMW技術陣はRFTで快適な乗り心地を実現する術を自家薬籠中のものとした感がある。
いったん最寄りのクルマ寄せに停めて、あらためてその姿を鑑賞する。私は特にリヤフェンダーの豊かな曲面に魅了された。この部分は成形性に優れた深絞鋼板を用いているのだが、それにしても素晴らしいカタチをしている。フロントのキドニーグリルの存在感も適度で、全体として抑制の効いた、まさにラグジュアリークーペの名にふさわしいスタイルだと思う。
しかし「美しいバラには棘がある」のたとえ通り、8シリーズの流麗なボディにも思わぬ落とし穴がある。運転席からの後方と斜め後方視界が絶望的に限られているのだ。リヤビューカメラと障害物を知らせるアラームの備えはあるが、都内の狭いコインパーキングにバックで入れろと言われたら、私など途方に暮れること間違いない。
再びターンパイクを走る。短い直線路では文字通り瞬時にスピードを上げていく。さもありなん。530psと750Nmのパワー&トルクを生み出す4.4L V8エンジンはこの大柄なクーペを静止から100km/hまで3.7秒で加速させるのだ。
私は前方のコーナーに備えてブレーキペダルに足を移す。しかしこれまで経験したことのない猛烈な勢いで迫ってくる風景に急かされて思わず力を込めすぎる。すると大口径のMスポーツ・ブレーキが威力を発揮して思った以上に急減速するので、どうしてもパッセンジャーは前後に振られることになる。そこで私は試乗の途中から、コーナー手前では左のパドルでシフトダウンするようにした。M850 xDriveには8速という多段ATが備わるので、連続的にギヤを落としていき、これにフットブレーキを併用するとスムーズにスピードを落とせる。
ちなみに1段落とすたびに、エキゾーストノートの音量が高まるが、これを「M」に相応しく官能的と捉えるか、エレガントなクーペには不釣り合いと思うかは、もっぱら個人の考え方次第だろう。
ともあれ4WDを装備するM850 xDriveの旋回性能の限界は、一般ドライバーが踏み込める領域を遙かに超えたところにある。だから、ひとたびこのクルマのステアリングを握ったら、「自分の身の丈に合った運転」を心がけるべきだろう。いくら電子制御アクティブ・スタビライザーが俊敏な高速コーナリングを可能にするといっても、操る主体はあくまでドライバーだからだ。
高速道路を習慣的に使って長距離を移動し、狭い市街路でもボディの外寸を苦にしないユーザーにとって、BMW M850 xDriveは理想的なグランツアラーになるだろう。
クルマを試乗の拠点に戻すと、BMWのスタッフが満面の笑みで迎えてくれた。この日、私たちをアテンドしてくれたスタッフの一人ひとりから、新型モデルにかける熱意を感じられたことを最後に記しておきたい。
ビンテージイヤーに作られたワインが人々に至福の時をもたらすのと同じように、新型Z4と8シリーズに乗ったクルマ愛好家は「駆けぬける歓び」を堪能するに違いない、私はそう確信して桜が満開の箱根を後にした。