2017年5月18日
【寄稿】新刊『カタログでたどる 日本の小型商用車』について、日本モータリゼーション研究会 主宰 清水榮一様にご寄稿をいただきました。
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取材対象が乗用車に偏りがちな昨今、地道で黙々と社会に貢献して来た商用車、それも中小企業や商店で一生懸命、店主と共に稼働して来た小型商用車にスポットを当てられた編集方針に心から敬意を表します。
ご存知の様に日本は戦前にオート三輪車から始まったと言えるくらい商用車が主流でした。確かに乗用車はステータスとしての輸入車の存在は無視出来ませんが、庶民の移動用のバス、大口物流用のトラック、小口物流用の小型商用車の社会的な貢献は乗用車を上回る役割を果したと思われます。
そして戦後の日本のモータリゼ―ションの主役は申すまでもなく、大衆車ですが、この大衆車も実はダイハツ、マツダ、くろがね、新三菱、いすゞ等の商用車メーカーが従来の三輪車に替る小口物流用の小型四輪商用車を企画したのがモータリゼ―ションを加速したと考えられます。
大衆車は、日本の自動車業界の発展において重要な役割を果たしました。例えばマツダ・ファミリアバン、ダイハツ・コンパ―ノバン、パブリカ・バン等が三輪車からの上級移行顧客をシッカリ捉えて大ヒット、更に大衆乗用車にも波及して行く一方、トヨエースSKBやエルフも大衆車バンの需要とは異なる1トン積み小型トラックの大衆車として投入されました。
因みにトヨタが今日の確固たる企業地盤を構築出来たのは、この市場拡大期に於ける大衆車投入(1961年のパブリカ、1954年のトヨエース)でシッカリした設備投資に成功したゆえと診ています。換言すると「企業の地盤構築の基本は、決して派手な先進技術に凝り固まった乗用車を投入する事ではなく、地道に足元の市場状況と顧客動向を捉えた経営判断こそが大前提である」との良い事例でしょう。
今回の「日本の小型商用車」の発刊は、これからの日本のクルマ造りの現場に意義深い史実を示唆して行くと思います。地味ながら、自動車の使命と役割に大きく貢献した日本の商用車とその企業の本質を語るページの数々……”グッド・ジョッブ!”。
清水榮一
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