前回は、ハリウッドのカーチェイスアクションに使われたクルマを概論してミニカーの解説を行いました。今回は、映画の中でクルマが重要な役割を持って使われたことを概論していきたいと思います。
クルマは、主人公やわき役のキャラクターと密接に関係して使われます。
なぜこのクルマが、この映画に使われたのか、どんな役割を担ったのかを、考察してみるのも面白いと思います。
皆さんの印象に残っているシーンに登場するクルマは何でしょうか?
■映画の中でクルマが良いアクセントとなって物語を引き立てる/アメリカ映画
『卒業』という1968年日本公開の映画の中で、ダスティン・ホフマン(敬称略)演じる主人公が、深紅のアルファロメオ・デュエットを運転するシーンがありました。青春の葛藤をこのドライブシーンとダブらせて表現しているようでした。その“名わき役”がこのデュエットでした。遠くからの引き映像や、ドライビングに没入しているドライバー視点からの映像のバックで流れているサイモン&ガーファンクルの曲が脳裏に浮かびます。みごとに映画のテーマにマッチングしたクルマと音楽だと思います。
アルファロメオの「デュエット」というニックネームは、新車発表後に一般公募でつけられた車名です。この美しいデザインのオープン2シーターで若い恋人が二人でドライブする姿が思い浮かぶ、まさにピッタリの素晴らしいネーミングだと思います。しかしすでに発売されていたお菓子の「デュエット」が商標登録されており、残念ながら正式名称にできませんでした。
デュエットが使えなくなったので、「オッソ・デ・セッピア(イカの甲)」という名称で呼ばれました。イタリア人はユーモアがあります。イカやタコはグロテスクな見た目なのか、デビルズフィッシュと呼ばれ、食べない国もあるようです。旧約聖書の規律でも鱗のある魚しか食べないという規律もあるのでしょうが、イタリアや地中海の国々は食べていますので、イカの甲羅も普通に目にするのでしょう。筆者は幼少の頃、小学校の裏門で売っていた、ニワトリの雄と雌2羽のひなを買って育てていたのですが、そのニワトリの卵の殻を強くするためにイカの甲羅を食べさせていました。確かにデュエットの形状はイカの甲羅にそっくりです。甲羅といってもコウイカの皮の中にあります。ちなみに、そのニワトリは2羽とも雄でした…。
デュエットの正式名称は「アルファロメオ・ジュリア・スパイダー」です。登場時には排気量が1300と1600がありましたので、名前の最後に排気量が記載されています。その後、よりパワフルな1750ccも追加になります。ジウジアーロの傑作デザインの“段付きジュリエッタ”と同じコンポーネンツが使われていました。
デュエットの魅力は、なんといっても美しいリヤデザインになります。「ボートテール」と呼ばれていて、空気力学のヤーライカムホームの手法が入れられています。ポルシェ911のテールにも見られる防水型の空力造形処理です。
このボートテールですが、1969年にマイナーチェンジでリヤはスパッと切り落とされ、わずか2年でモデルチェンジしてしまいました。当時最新のコーダトロンカという空力処理が施され、空力的には変わらないのですが、ボートテールの丸っこい可愛いお尻がなくなったのは残念でした。テールランプの大きさの法規要件や製造コストの問題などもあっての決断だったと思われます。
映画『卒業』では、結婚式からキャサリン・ロス演じる新婦を奪って二人で逃避行のシーンは、デュエットではなく、なんとバスでの逃避行になりました。
■欧州の映画でも、魅力的なクルマが効果的に使われている/欧州映画
イギリス・アメリカの合作映画ですが、『THE ITALIAN JOB/邦題:ミニミニ大作戦』(1969年)も、クルマが大活躍するユニークな映画です。冒頭からランボルギーニ ミウラを崖から落してしまいます。これには驚きました。主役のミニクーパーの10倍はする価格のスーパーカーです。思わず本物なのか?と考えてしまいました。記述を調べるとエンジンなどが抜かれた事故車のボディだけが使用されたようです。
ストーリーは、イギリスの泥棒がイタリアでマフィアと相まみえる訳ですが、クルマには罪はないよなぁと当時は思いました。ミニクーパーが連隊で人家の屋根を走るシーンは大好きで笑えます。原題の『THE ITALIAN JOB』ですが、これはイタリアの警察の後手後手ぶりを皮肉ったユーモアなのだそうです。しかし、皮肉られているのに、イタリア警察はこの映画のロケ撮影に全面協力するという度量の広さを見せています。さすがユーモアがわかるラテンの血のなせる業というか、時代もおおらかで良かったのですね。英国車とイタリア車が街中を派手に疾走する、映画史に残るカーチェイスシーン撮影が実現したのです。後の『ルパン三世』のアニメもリスペクトしていると感じます。2003年にはリメイクされ新しいミニミニ大作戦が公開されました。もちろん“ミニ”も新型が使われてカーチェイスしています。
アラン・ドロン主演の1967年フランスとイタリアの合作映画『Le Samouraï /邦題:サムライ』で使われたのがシトローエンDS21です。日本のサムライのような孤独な殺し屋のストーリーです。この中でアラン・ドロン演じる暗殺者が盗むクルマがシトローエンDS21でした。盗む時にドライバー席に乗り込んで、懐から出すのがカギの束! 時代を感じました。当時はハラハラドキドキして観ていたと思うのですが・・・近年観直した際には、このシーンで思わず笑いがこみ上げてきました。
往年のイタリア映画、『さらば恋の日』(1969年制作)では、アルファロメオのプロトタイプ、ティーポ33・ストラダーレを走らせています。この美しい官能的なデザインのクルマとともに魅力的な女性が出てきます。イタリア人は美しい女性と美しいクルマが本当に好きなのだと思います。映画では、排気音も聞くことができワクワクしますし、クルマは凄く小さいこともわかります。イタリア男性の夢が詰まった映画です。
ドイツ人のヴィム・ヴェンダース監督作品で、今年話題になった『PERFECT DAYS』で役所広司演じる主人公が運転するのは、ダイハツ・ハイゼットカーゴ(1999~2004年式9代目)で良い味を醸し出していました。ヴェンダース監督は大の日本贔屓で、小津安二郎監督をリスペクトしているそうで、主人公の平山という名前も小津作品の『東京物語』で笠智衆が演じていた役名なのです。
ヴェンダース監督の他の作品でいうと、『アメリカの友人』(1977年)や『さすらい』(1976年)と『夢の涯てまでも』(1993年)ではドイツ車で一番有名なフォルクスワーゲン“ビートル”が登場します。
最後に再びアメリカ映画の中に出てくるクルマで締めくくりましょう。『The Hidden/邦題:ヒドゥン』(1988年)という映画では、カイル・マクラクランが謎のFBI捜査官を演じ、人に乗り移って凶暴な悪事を働くエイリアンを倒します。この凶暴なエイリアンが好きなクルマが“フェラーリ”なのです。308GTSやモンデアルを盗んで街中をかっ飛ばします。エイリアンも美しくて速いクルマ好きだという設定に笑ってしまいました。カイル・マクラクランは1993年にスバルの初代インプレッサのCMに登場しています。日本ではツインピークスのFBI捜査官で有名です。ネタバレですが、実はカイル・マクラクランも良いエイリアンなのです。彼が乗りまわしているクルマはポルシェ928。やはりこの映画で登場するエイリアンは速いクルマが好きなのです。
ところ狭しと素晴らしい活躍をするクルマたちが登場する映画を観たあと、パンフレットではなくミニカーが欲しくなってしまうのは、筆者だけでしょうか?
次回は、邦画で活躍したクルマのミニカー概論をお届けします。
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このブログ原稿を書き終えた8月24日に、アラン・ドロン氏がお亡くなりになりました。フランスが生んだ世紀のハンサムガイは、パリオリンピックを楽しみ、天に召されたそうです。今回紹介した『サムライ』をはじめ、多くの映画で楽しませていただきました。
ご冥福をお祈りします。