今回は、前回の「小さなミニカーの世界」の続編で、皆さんが“ミニカー”と聞いて真っ先に思い浮かべる“トミカ(TOMICA)”です。
そして、ミニカーが時代とともに“デフォルメ”から“精密モデル”へと変化してきたことも解説します。
■世界3大ミニカー その3 日本が誇るトミカ
日本人なら誰もが一度は手にした小さなミニカー、それがトミカではないでしょうか。
筆者が最初に手にしたミニカーもトミカでした。
発売開始の1970年、小学生時代にTOYOTA 2000GTをクリスマスプレゼントで入手しました。その日は嬉しくて、こたつのテーブルで一日中この2000GTで遊んでいました。テーブルから勢いよく走らせてジャンプさせたり、サスペンションを利かせるためにミニカーを少し上からテーブルに落下させたりして、ビヨヨンと弾むその動きと音を愉しんだのを思い出します。子供でしたから乱暴に扱っていました。
当時、トミカはダンディという大きな1/45ミニカーも出していて、この2台は筆者の宝物でした。
トミカは、(株)タカラトミーが発売している手のひらサイズの小さなダイキャストミニカーです。その歴史は1970年、最初は6台のラインナップで始まりました(当時はトミー。2006年にタカラと合併)。
当時、日本市場には海外玩具メーカーが輸入販売している“外国車の3インチミニカー”しかなく「日本車をミニカーにして子供達に届けたい」というトミー(富山社長)の想いから生まれました。
前回お伝えしたようにトミカはマッチボックスをリスペクトしてつくられています。海外で工場視察などを行ない、ミニカーづくりを学び、日本の巧みな技術で素晴らしいミニカーを生み出したわけです。
当時の想いである「街で走っている身近なクルマをミニカーにして子供達に届ける」を実現させ、誕生して50年以上経った今でも愛される大人気商品「小さいけれど、日本の誇る偉大なミニカー」です。
たくさんの歴史を積み重ねて様々な仕様のミニカーがラインナップされてきましたが、基本はマッチボックスと同じで実車を再現することを目的にデザインされています。「さすが日本製」と言いたくなるほどとても品質が良く、実車の特徴を良く捉えています。子供達だけでなく、大人のコレクションとしても納得できるミニカーに仕上がっています。
残念なのは、今までお話ししてきた“デフォルメ”の味はほとんどありません。
理由は3つあると考えています。一つ目は、真面目な日本人気質のせいなのか、ミニカーの再現の考え方が「実車をそのまま小さくする」というスケールダウンに力を注いでいることだと思います。日本のモノづくりは昔から、浮世絵でも画家の描いた絵を版元は精密に再現して版画にします。伝統芸能の歌舞伎や能、狂言などもいわゆる型をつくったらそれを正確に再現する、これが日本の良き伝統なのだと思います。その文化がミニカーの世界でも起こっているということです。
二つ目の理由は、ミニカーの黎明期であった1970年の日本車のデザインが、幾何学的で四角かったこともあると思っています。1960年代の創造力豊かな造形美のカーデザインから、大量生産するのに適した形状がデザインにも取り入れられました。抑揚などの形状の大きな変化が造形の中に見られなければ、デフォルメも成立しません。日本人は元来直線が好きです。家の中も部屋という立方体の中で、障子や廊下は直線で構成されていますし、真面目なので曲がったことが大嫌い。片や欧州は直線など無い自然の中でモノを見ているので、ガウディのような壮大な自然をモチーフにした建造物が生まれたのだと感じます。庶民のアパートメントは石やレンガ造りで四角いですが、教会などは見事なくらい美しい造形が施されています。そんな欧州の中でドイツは日本と同じ真面目な気質があり、バウハウスという究極な幾何学デザインが生まれました。そんなドイツも自動車デザインは“箱”ではありません。この理由ですが、自動車は家や家具とは異なり“走るモノ”であり、欧州の他の国へ輸出するため、動きのある造形が施されたのだと思います。
自動車後進国だった日本は、それまでの外国車の模倣デザインから1970年になると日本独自のクルマつくりが成長していきます。それが四角い合理的なデザインだったという訳です。
三つめは、日本の環境下での“自動車を見る位置”が関係していると感じています。道が狭く家や商店街が立ち並ぶ環境では、自動車の距離が取れませんから、自動車を立体として感じることができにくくなります。
例を挙げると、クルマを見る視線は対向車を見る時が多く、フロントとリヤの印象が強くなるのです。ですので、日本市場ではフェイスとお尻のデザインが重要になるのです。対向車とすれ違う時のことを少しイメージしてみてください。思い出すクルマの姿は、前と後ろだけだと思います。
今の日本でも、四角い箱デザインである軽自動車とミニバンが販売台数の大部分を占め、日本市場はガラパゴスと呼ばれています。この狭い街中で普段、人々は自動車のデザインを顔とお尻しか見ることができないのです。したがって、印象に残るデザインの場所に、お金と造形時間を投入することとなり、ミニバンや軽自動車の顔つきはどんどんエスカレートしてグロテスクになってしまうのです。
少し話がずれてしまいましたが、日本車をモチーフとした当時のミニカーにデフォルメをあまり感じない理由を書きました。
トミカに話を戻すと、ミニカーごとに備わったギミックにも感動します。手の中にすっぽり入ってしまう大きさの中に、実車と同様なサスペンション、左右のドアやフードやリヤゲート(のどれか一つ)が開閉可能で、ピアノ線を用いたバネのおかげでパチンと閉まります。小さいけれど、全体の雰囲気は素晴らしく良く、細部の加工がしにくいダイキャスト製なのに細かいディティールまでしっかりとモールドされており、この小さなミニカーには“日本のモノづくり”が凝縮されています。
しかし昨今、コレクション熱が高くなってしまい“古いトミカ”が異常ともいえる高価格で取引されているようで驚きます。この小さなミニカーが醸し出しているホンワカした雰囲気が、過剰な価格高騰で水を差されてしまっている気がします。子供の頃からお小遣いでこつこつと買い集めてきた筆者としては、身近で愉しいはずのミニカーの世界がだんだん遠のいてしまっているように感じます。
トミカの1970年の発売価格は180円でした。新旧比較をしていたら、あらためて毎月もらうお小遣いで楽しみに購入していた頃を思い出しました。1980年代には少し値上がって280円、最近は2022年に値上げがあって550円になりました。結構高くなったと感じますが、子供のお小遣いも値上げされているのでしょうか? 毎月第3土曜日がトミカの日(発売日)だそうです。
最近のトミカですが、新発売時に“初回特別仕様”モデルが用意されているのも嬉しいです。ついついコレクションに加えてしまいます。自分も含めてつくづく日本人は、“限定“という言葉に弱いと実感します。
通常は特別カラーで限定を作成していますが、SUBARUインプレッサは、ナント! ボディ形状が異なりました。初回限定モデルはハッチバックボディ、通常モデルはセダンボディでした。これには大変驚きました。ミニカーは、安価で製作するためには型費を低減させなければなりません。初回限定の少量生産に型を変えるという企画をしたことに拍手を送ります。
■続々と登場するトミカのミニカー
トミカは様々なモデルが企画され発売され続けていて、その種類の多さに驚かされます。アニバーサリーや復刻などの期間限定販売に加え、上級のプレミアムトミカもあります。基本のナンバリングされた120種類はキープされていますが、別のブランドのラインナップが追加で増え続けています。
2001年からは、トミーテック(タカラトミーの完全子会社で1996年創設)により生産販売が始まり、精密なモデル“トミカリミテッド”がつくられました。販売価格がとても高価で子供のお小遣いでは買えそうにもありません。大人のコレクター狙いのモデルなのでしょう。大変良くできています。日本の生産技術の高さがあればこそ完成できたミニカーです。
さらに“昭和30年代に子供だった大人”をターゲットにしたディスプレイモデルの“トミカリミテッドヴィンテージ”が発売されました。コンセプトは「トミカが昭和30年代に誕生していたら」です。1950~60年代の旧車と1980年代のネオレトロヒストリックカーで、過去トミカで発売していなかったクルマ達をフィーチャーしています。このモデルは箱の大きさでスケールが決まっているのではなく、すべて1/64で統一されています。1/64スケールというのは、鉄道模型の“Sゲージ”と同一の縮尺です。したがってトミカより小さいのですが、超精巧につくられていて驚いてしまいます。目が飛び出るくらいの高価格なのですが・・・つい購入してしまいました。車種がマニアックなので、まんまとトミカの戦略に嵌められましたが、手に取って眺めているとなぜか幸せな気分になります。SUBARU1000は2ドアセダンと4ドアセダンの両方がラインナップされています。“スバリスト”としては・・・買わざるを得ません!
■小さなミニカーの世界の大きな変化 ~ デフォルメから精密モデルへ
ここまで書いてきて“小さなミニカー”が時代とともに大きく変化していることに気づかされます。
ミニカーの黎明期には職人の手仕事とセンスで、素晴らしいデフォルメが施されたものが生まれました。
開発が手作業であったことや、型の精度や、組み立てラインの技術などの影響もあったと思います。
しかし、デジタル化による技術の進歩とユーザーの趣向性の変化によって、超精密ミニカーが主流になってきています。時代が生み出した超絶技術に驚かされます。ミニカーの概念が変わろうとしているのかも知れません。ミニカー本来の目的は実車の再現ですから、超精密モデルを見た後には、デフォルメされたホンワカとした心が温まるミニカーを見ると、つくりの甘さが目についてしまいます。子供の玩具と大人のコレクションとしてのミニカーの棲み分けが明確になってきたのだと思います。
素晴らしい再現のミニカーがたくさん生み出され、それを入手できることを喜ぶべきなのか?
感嘆するようなデフォルメを生み出す職人仕事が無くなってきたことを残念に思うべきなのか?
このような背景から、昔のミニカーが欲しいというマニアが出て来て、高価格で取り引きされるようになってきたのかもしれません。
また、ミニカーも多様性の時代になってきたのを感じます。
超精密モデルの対極にあるキュートな“デフォルメ”が良くできたミニカーがあります。
チョロQです。
手に取ると思わず微笑んでしまうユニークな可愛らしいデザインのミニカーです。後ろに引くことでゼンマイバネが巻かれて(プルバック式)、手を離すと勢いよくダッシュしてすっ飛んで行きます。
キュートなカタチで動きがダイナミックなこのミニカーは、1980年12月にタカラから発売されました。“ちょろちょろ走るキュートなクルマ”からネーミングされました。後ろのナンバープレートの所に10円玉を挟むとウイリーして走らせることができる遊び心も満点です。筆者は当時高校生でしたが、お気に入りのTOYOTA 2000GTのモデルを購入して机の上で走らせ、受験勉強の疲れを癒していました。
価格は350円で、トミカが280円でしたから少し高価でした。
次々にラインナップが増えて、なんと、ゴジラが走ったり、ドイツの工業デザイナーであるルイジ・コラーニのモデルもありました。ラジコンまで登場して、一大チョロQブームが発生しました。
チョロQはタカラの商品でしたが、2006年にトミーがタカラを吸収合併して現在は同一メーカーになっています。
現在もなおチョロQは進化していて、大人向けの“チョロQ-ZERO”(販売はトミーテック)がつくられています。ディティールのつくり込みも高く、もともとのキュートな造形と相まって思わず手に取ってしまうミニカーです。会社の仕事机の上に置いておけば、忙しくてもホッとさせてくれること間違いなしです。
こぼれ話ですが、トミーテックは1996年にトミーから分家した会社なので、タカラとの合併後もトミーの製品しかつくらないという不文律があったようですが、チョロQ-ZEROの発売でその不文律は解消されたのだそうです。“ミニカーの魅力のチカラ”で、会社間の壁が壊されたという嬉しい話だと思います。
このように愉しい進化をとげたミニカーは、本家である自動車メーカーとコラボして、新型車発売と同時につくられ、販売促進に活用されることも増えてきました。
小さなミニカーには様々なストーリーと歴史があり、それを知るとクルマ趣味の世界が広がります。価格は安く基本的には子供の玩具なのですが、そこにはつくり手のこだわりや遊び心が入っています。
まだまだお伝えしたいことが山ほどありますが、このへんで第5回目のブログを閉じたいと思います。
次回は、“映画や漫画の中で登場したクルマのミニカー”を解説したいと思います。お楽しみに!