第4回 小さなミニカーの世界(その1)

2023年9月5日

第4回で紹介するのは、小さなミニカーの世界です。

日本の皆さんが“ミニカー”と聞いてまず思い浮かべるのはトミカ(TOMICA)ではないでしょうか?

■小さなミニカーの世界3大ブランドを知っていますか?

筆者がトミカを最初に手にしたのは1970年小学生時代で、発売されてすぐのTOYOTA 2000GTでした。当時の嬉しかった思い出は、連載第1回ですでにお伝えしました。

トミカは、“世界3大ミニカー”のひとつに数えられ、人気と歴史がある日本の自動車模型です。

“世界3大ミニカー”と言われているのは、会社の設立順に、①マッチボックス(イギリス)、②ホットホィール(アメリカ)、③トミカ(日本)になります。
言わずと知れた、世界中の子供達に愛されてきた“3インチ(7.62センチ)のミニカー達”です。

ミニカーの登竜門ですし、安価で求めやすいので、皆さんも幼少の頃、一度は手にして遊んだのではないでしょうか? この3社のモデルを並べて撮影してみました。このように大きさはほとんど一緒です。

写真解説)〈上段左〉パッケージ比較。マッチボックスとトミカは箱、ホットホィールはブリスターパックで販売される。マッチボックスの箱は、当時の日本市場向け「J-シリーズ」で9台発売された“J-1ランボルギーニ・ミウラ”。
〈上段中央〉左から①マッチボックス(TOYOTA 2000GTではなくミウラ)、②ホットホィール、③トミカ。
〈上段右〉裏側からの写真。タイヤの形状違いに注目。タイヤはアメリカのホットホィールは幅広タイヤで強調。シャシに型彫りされたエンジンやサスペンションのモールドもそれぞれ異なっていて、それぞれの思想が反映されて面白い。

日本で“トミカサイズ”と言われる3社の標準的大きさは3インチで実車の1/60~1/64程度、ほぼ一緒です。子供の小さな手の中にすっぽり入り、しっかり握りしめることができるちょうど良いサイズです。

この大きさの基準は、1953年にイギリスで誕生した“マッチボックス”から始まりました。

“マッチ箱”の名前の通り、ミニカーのスケール統一より“パッケージ箱の大きさが優先でミニカーがつくられた”という理由はとてもユニークで、この事実を知った時は衝撃でした。

マッチボックスをリスペクトしたトミカも、パッケージ箱の大きさ(幅約78ミリ×高さ約39ミリ×奥行き高さ約27ミリ)が統一 されており、その箱に合せて各モデルの縮尺が決められています。

マッチ箱になった理由は、鋳造型エンジニアだったジョン・W・オデル氏が小学生になった娘のために考案したと言われています。娘の通っていた小学校では「マッチ箱に入る大きさのおもちゃであれば、学校に持ってきても良い」という校則があったとのこと。最初はマッチ箱に入る真鍮製の手づくりおもちゃを娘に持たせたそうなのですが、これが評判になりたくさんの友達が欲しがったので、オデル氏は型をつくって鋳造したのだそうです。それが1953年に誕生するマッチボックスの「1-75シリーズ」に繋がったという訳です。親の愛情が感じられる心温まる逸話です! 

■小さなミニカーには、独自の味わい方がある

今回のブログで一番皆さんにお伝えしたいこと、それは“小さなミニカーの味わい方”です。

以前紹介した1/10や1/18の良くできた大きなスケールモデルでは、実車の再現力や品質の高さ、ギミックのユニークさが重要なポイントになります。自動車模型の本当の目的は“実車通りの再現”ですからそれが本質であるということは紛れもない事実ですし、メーカーは皆、それを目指して開発しています。

しかし筆者は、小さなミニカーには、それとは真逆の重要なポイントがあると感じています。そして、自動車趣味人としてミニカーの種類、それぞれに合った味わい方や見方をする必要があると思うのです。

小さなミニカーで重要なポイント・・・それは“デフォルメの素晴らしさを味わうこと” だと思います。

一目見てそのモデルの基になった実車の姿を思い浮かべることができ、一瞬でそのミニカーに魅了されてしまう“シンプルでインパクトが強く存在感あるデフォルメ・デザイン”がなされているかです。それを感じることで、当時の職人と“ミニカーを通じた会話”ができるように思います。ミニカー登場の黎明期だった1960年代初期は、そんな傑作ミニカーが多く創出されています。

マッチボックスの“ジャガーEタイプ”や“フォードGT40”のデフォルメされたミニカー造形は素晴らしいものです。実車の特徴を上手く捉えながら格好良くシンプル化され、まるで“スピードシェイプ”のようなデフォルメがわずか3インチの中に実現されています。ジャガーEタイプは、特にリヤデザインに魅力があります。いかにも速そうな造形です。それでいて、デザイナーのマルコム・セイヤー氏の傑作である実車の特徴もしっかり捉えているのです。ライトのトリム線などの細かいモールドも綺麗に入れられて、つくりも細かく、1953年当時のオデル氏渾身の型技術の粋が詰まっています。

当時は、当然デジタルデータはありませんから、ミニカーの“造形職人”が実車を良く観察し、納得するまで木型を削ってハンドメイドで原型を製作したのだと想像できます。素晴らしい3インチのミニカーに出会えると、見事な芸術的職人技の仕事ぶりに思わず感心してしまいます。

是非、“安価で大量生産された子供の玩具”という先入観を取り去って鑑賞してみてください。そこにはつくり手のこだわりや努力が見えてくると思います。

写真解説)マッチボックスのジャガーEタイプのミニカー。ホィールもダイキャストでスポークホィールの細かい再現が造形され小さな穴が開いている。当時の型は手づくりであったのに、この技術力の高さは改めて驚かされる。
写真解説)マッチボックスのジャガーEタイプ。わずか3インチの中にこの美しいデフォルメを再現した造形力は見事な職人仕事である。モールドも素晴らしくドアハンドルまでこだわってつくられている。 ジャガーEタイプの外装色は、入手時ワインレッドがボロボロだったので、筆者がレストアして“オパールセントブルー”に再塗装したもの。
写真解説)マッチボックスのフォードGT40 とランボルギーニ・ミウラ。50年前につくられたとは思えない出来栄え。小さなミニカーの中に実車の雰囲気が十二分に反映されている。塗装も実車と同じような色を再現している。

デフォルメの味わい方を説明するのに、世界3大ミニカーブランドではないのですが イタリアのペニー(penny:ペニーはポリトーイ社の中にある小さなスケールモデルのブランド)の造形力も見事ですので取り上げます。「さすが!ダビデ彫刻の国(古代ローマのミケランジェロを生んだ土地柄)」と思わざるを得ない、わずか3インチの小さな世界に“存在感ある迫力の造形美”を実現させており、驚くばかりです。

写真のミニカーは、カリフォルニア・ポモナで開催されていた自動車関連のスワップミートで「おおっ!」と目を奪われ手に入れました。小さいからこその、大胆なデフォルメが見事です。フロントフェンダーの抑揚は実車より驚くほど大きくデフォルメ・デザインされていますが、全体のバランスを崩していません。それがダビデ彫刻の国の造形力とセンスなのだと感じます。そこを是非味わっていただければと思います。実車はピニンファリナに在籍したパオロ・マルティン氏デザインの“ディノ206コンペティツィオーネ” (1967年)です。漫画『サーキットの狼』で主人公の風吹裕矢が流石島レースで多角形コーナーリングを決めていました(漫画の中では“YATABE RSという名称でフロントスポイラーがボディ一体でした)。

写真解説)ペニーのディノ コンペティツィオーネ ピニンファリナ。Made in Italy。スケールは1/66
黄色いミニカーは現代の“京商製”ディノ コンペティツィオーネ。ペニーは50年前のミニカーだが近年のモデルと比較しても遜色ない造形美が見て取れる。フェンダーの抑揚の違いに注目。京商が実車に近いと思われるがデフォルメの差がよくわかる。ドア後方のリヤエンジンへのエアーインテイクもキチンと実車と同じように穴が開いている。ホィールが金属のプレス品なので高級感が漂う。サスペンションは無い。

■世界3大ミニカーブランド その1 元気なホットホィール

世界3大ミニカーメーカーの中で現在世界一売れているのはアメリカ代表“ホットホィール”です。1968年に発売を開始した亜鉛合金ダイキャスト製のミニカーで、玩具メーカー“マテル”のブランドです。

ホットホィールの名前通り、転がして遊ぶときに抵抗が少なく、シューっと走らせることができる「スピードホィール」をアピールポイントに発売されました。ホットホィールの特徴は、定番である実車を再現したミニカーだけでなく、奇抜なデザインのミニカーも“売り”にしています。チューニングカー仕様や未来的なデザイン等、タイヤが付いていれば何でもあり、ファンが描いたスケッチでミニカーをつくってしまう企画もありました。デザインに関しては、当時のGM、フォード、クライスラーという“BIG3(現在の表現はデトロイト3)”と言われたデトロイトのカーメーカーのプロのデザイナーに委託して派手なホッドロッドやCAL-LOOKを製作、色もラメやキャンディー塗装を施しています。見るからに楽しいポップなミニカーが多く、実はつくり手が一番楽しんでいるのではないかという、いかにも陽気でアメリカ的なミニカーです。価格も安価で1ドルくらいで購入でき、世界中にコレクターが大勢います。

カリフォルニアにある「ピーターセン・ミュージーアム」にはホットホィールのコーナーが設けられていて、展示場入口は、壁・天井に今まで発売されたミニカーがびっしり貼られており実に壮観です。ミニカーができるまでが分かる、原型となる木型や鋳造型も展示されており、勉強にもなって楽しめます。

写真解説)上段は木型 (昔は本当に木で職人が製作していたが、木型といっても今はCADで作成する樹脂製) 鋳造型のキャビティ(凹型)とコア(凸型)。写真は @ピーターセン・ミュージーアムにて撮影。
写真解説)ホットホィールから発売された、1955年アルファロメオベースのスカリオーネ作コンセプトカー“B.A.T.9d:ベルリネッタ・エアロディナミカ・テクニカ(空力技術クーペ)”と“プジョー・クアザール”(1984年にプジョーが自社で開発した初のコンセプトカー)。このような我々デザイナーがあこがれたコンセプトカーがミニカーで出ているのは嬉しい。洒落ているのはB.A.T.9dの裏側にあるホットホィールのマークを模した赤の印。シャシに穴が開き内装部品の赤樹脂で造形されている。HOT WHEELSの文字はどこにもなく、この赤い印だけで分かる人にだけ響けば良いという、“つくり手の遊び心”が垣間見える。なんとも洒落たミニカー。この小さな世界の中に幾つも語れる仕掛けがある。

■世界3大ミニカーブランド その2 老舗マッチボックス

世界3大ミニカーメーカーの中で一番老舗なのが、イギリスの“マッチボックス”です。

ダイキャストメーカー:レズニー社が1953年にミニカー販売を開始。最初のモデルはエリザベス女王の馬車でした。初期のモデルは“1-75シリーズ”と言って、75までのナンバーで車種を入れ替えてラインナップを形成していました。実車を忠実に再現するミニカー造りがポリシーで、たくさんの子供達に愛されました。当時、先行していたマッチボックスをトミカがリスペクトして、ミニカーの企画~販売したのがよく見て取れます。

1982年にレズニー社が経営破綻した後は、2回の買収の歴史を経て、1997年に、ホットホィールブランドを持っているアメリカの“マテル社”傘下になります。吸収されて無くなるのでは? とファンは心配しましたが、マッチボックスのブランド名は残されました。

右写真解説)アメリカのおもちゃ売り場にはこのようなギフトパックもある。価格はもの凄く安い。

おもちゃ屋で販売されている状態の写真です。もちろん箱でも売っていますが、残念なことに最近はマッチボックスでさえブリスターパックといわれる状態で販売されています。これは中身が見えるのでお客様(特に子供)に「欲しい!」と思わせる状態で店頭に展示できるメリットがあります。また重ねて吊るすことでたくさん売り場に置くことができますし、駅やドライブインなどの小さな店舗でも、少ないスペースでターゲットである子供たちの興味をひくことができますし、お客様も欲しいミニカーを選んで取り易くなります。箱だと簡単には中身を確認できませんし、積んである箱をいちいち移動させないと欲しいミニカーにたどり着けません。デリバリーでも箱は潰してしまう恐れがありますが、ブリスターパックは意外と雑に扱っても”へこたれない”頑丈さがあります。

トミカも箱とブリスターパックの両方が用意されています。箱で売る場合、大きなおもちゃ売り場で見ることができる120台あまりのミニカーを全部展示する“トミカの専用の店頭ディスプレイアクリルケース”が必要になります。薄利多売の商品に対しておもちゃ屋の初期投資が大きくなります。こうした背景からも今は“箱”より“ブリスターパック”が主流になってきたのだと思います。箱に愛着のある筆者としては少し残念な気持ちです。ですので、自分で購入する時は“箱仕様”を購入しています。なんだか箱の方が幼い頃のワクワク感が蘇ってくるからです。テレビ番組の『なんでも鑑定団』でおもちゃの鑑定をする北原照久さんが「箱が重要」と言っていることも影響があるかも知れません。

自宅で保管する時も箱を積む方がスペースを小さくできます。一方、ブリスターパックの方が開けないで壁に飾れるので良いという方も多いようです。すぐにブリスターパックを破ってミニカーを出して遊ぶ子供達にとっては保管など関係ないので、どちらでも良いですね。

このように、小さなミニカーには様々なストーリーと歴史があり、それを知るとクルマ趣味の世界が広がります。価格は安く、最大のターゲットである“子供の玩具”なのですが、そこにはミニカーの数だけたくさんのつくり手のこだわりや遊び心が入っていると思うのです。

世界3大ミニカーブランドの解説、最後は“トミカ”ですが、次回解説いたします。

^