今回は、M-BASE読者の皆さんに “縮尺(スケール)”の解説を軸として、ミニカーの不思議を紹介していきます。
ミニカーの縮尺はどのように決まってきたのでしょうか。 疑問に感じたことはありませんか?
■自動車デザイン開発における縮尺モデルの役割
筆者は長年、自動車メーカー(SUBARU)のデザイン部で仕事をしてきました。
昨今は、外装も内装も3Dデータで開発を推進して、モデルレスにもトライしていますが、やはり実車そのままを再現したフルサイズモデルを使ってのデザイン&造形確認は必要です。なぜならフルサイズモデルは“嘘がつけない”からです。見えているモノがすべてで、そこには事実しかありません。そのカタチのままお客様に届きます。我々デザイナーとモデラーは真剣に“一寸のゆがみ”も無く仕上げます。
実際、現場でのデザイン作業は、茶色のインダストリアルクレイ(工業用粘土)を使い、デザイナーが描いた将来のクルマを“モデラー“という造形職人がハンドメイドでフルサイズのクレイモデルを削って魅力的なカタチを実現させていきます(詳しくは、三樹書房から刊行されている『SUBARU DESIGN』を読んでみてください)。
この茶色の粘土モデルの上に、ダイノックフィルムという光輝感のあるシルバーのフィルムを貼って、実車をお客様が見る環境である外光の下に置いて、確認作業を何度も繰り返して仕上げていきます。ワンクール約3ヵ月を費やします。とても時間がかかるため、フルサイズモデルの前段階ではデザインの大きな方向性やテーマの確認を 素早くつくれる“スケールモデル”で事前にできることを行ないます。サイズはメーカーによって異なりますが、標準的には1/5モデルか1/4モデルを使用します。SUBARUは1/4モデルをつくります。大きいとつくる作業は大変ですが、一目見てわかる“存在感や塊感の確認”と同時に細かい所まで仕上げられるので、フルサイズになってからの修正が少なくなるメリットがあります。
■縮尺とデフォルメの関係
もうひとつ、なぜ大きい方が良いのかという理由は“デフォルメ”を少なくできるからです。カーデザイナーが検討するスケールモデルもミニカーも、縮尺モデルには必ず“デフォルメ”が入ります。
その理由は、“人間が目で捉えるカタチの見え方”にあります。人間の目は近くにある“大きなもの”を見る時は遠近法(パース)がかかって見えています。それを頭の中で修正して正確な “カタチ”を立体的に認識するのです。生まれながらに動物が持っている“立体把握能力”(空間把握能力とは違います)です。この能力は育った環境でも育成されます。ダビデ像に代表される素晴らしい3D(立体)彫刻をいつも見ている欧州人は、立体把握能力に長けているようです。それに対して“浮世絵とか漫画や図案”が得意で、昔から2D(平面)に慣れ親しんできた日本人はこの力が弱いと言われています。直線を好む真面目な国民性もあるかもしれません。これらのことから、日本のモノづくりは“正確な縮尺”に走りやすいのだと感じています (この解説は第4回のブログでひも解いてゆきます) 。
人間が1/43スケールモデルを手に取って見ている時の状況というのは、「実車を20メートル離れたビルの3階から見ている」のと同じような状況になりますので、実車と全く同じ相似形で縮尺した場合、それはまさに“正確”なのですが、人間には違った印象を感じてしまうのです。例を挙げると、実車と同じ相似形で縮尺した場合、ボディが長く見えてしまうとか、すごく四角く見えてしまうというように、実車を見ていた感覚と異なる見え方をしてしまうのです。それを補正するのが“デフォルメ”になります。
もう少し詳しく解説すると、実車を近くで見た時に人が感じる“クルマのカタチ”の印象には、“デフォルメ”が顕著に影響します。クルマの特徴が強く印象に残るので、そこがデフォルメされる、いわゆる“錯覚”を起こすのだと思います。
例えるなら、似顔絵が本人の特徴を大げさに捉えているのと同じだと思ってください。
次回第4回で詳しくお話しする予定ですが、デフォルメは見る人を愉しませてくれる重要な表現でもあります。似顔絵も、特徴を捉えて「おっ、似てる!」と見る人を嬉しい気持ちにさせることができます。しかしデフォルメには難しい一面もあります。センス良くデフォルメをしないといけないのです。下手なデフォルメは逆効果になります。ミニカーも同じです。良くできたデフォルメミニカーは、「欲しい!」と思わせることができますが、崩れたデフォルメは見向きもされません。まさに“作り手の腕”にかかっていると言っても過言ではないと思います。
タミヤの模型は、実車を素晴らしく再現していますが、縮尺は実車の相似形ではありません。そこにはプロの目で“極めたデフォルメ”が織り込まれているのです。SUBARUも2代目インプレッサの模型化の時に、タミヤの皆さんと仕事をしたことがあります。35ミリのフィルム時代のことですが、発売前の試作車の撮影に立ち会いました。その時は、試作車のボディはもちろんのこと車体の下回りやサスペンションの奥まで人の目と同じ見え方をする“50ミリのレンズ”で撮影したのですが、撮りためたフィルムケースを入れた袋が、絵本で見るサンタクロースが背負っている袋のように膨らみました。1台のプラモデルを作成するために費やした撮影枚数に驚いたのを覚えています。そのくらい大量に、人が見た時の感覚と同じ状況で写真に記録して情報を集め、スケールモデルに対して、人が見た時の感覚に近い“実車の印象”になるような“デフォルメ”を創造するために使っていたのです。知られていませんが、徹底したプロ仕事だと思います。
■ミニカーの縮尺(鉄道模型と帝国基準)
ミニカーの縮尺は、1/8、1/10、1/12、1/16、1/18、1/20、1/24、1/25、1/28、1/32、1/43、1/64、1/72、1/87、1/148 など中途半端な変な数字が多いのは皆さんも感じていたと思います。
ではなぜこの縮尺になっているのかを解説します。
まず、現在も世界中で最もミニカーの種類が多い、いわゆる“標準”の1/43の縮尺が生まれた経緯からお話しします。
自動車模型の普及する前に、すでに鉄道模型がありました。鉄道の歴史はクルマの歴史より古いので、最初の自動車模型の目的は鉄道模型のジオラマの背景として使われていたのです。鉄道模型は、1900年にドイツのメルクリン社が導入し、イギリスでもつくられ販売されました。
ドイツはメルクリン社が、イギリスはメッカーノ社が「ディンキー」ブランドでミニカー製造を始めます。当時、鉄道模型の標準は“O(オー)ゲージ”で、縮尺率(スケール)は、イギリスが1/43、ドイツが1/45でした。この縮尺違いも微妙に異なっていて面白いのですが、この大きさが「鑑賞するのとコレクションするのにちょうど良いサイズ」だったのだと思います。
鉄道模型は、その他にも、1番ゲージ(1/32)、Sゲージ(1/64)、00ゲージ(1/76)、HOゲージ(1/87)、Nゲージ(1/148) があります。鉄道模型発祥のドイツではHOゲージが人気で、1/87スケールで「ヘルパ」や「ヴァイキング」などが小さい精巧なミニカーも出しています。
日本ではNゲージが一番人気です。軌間は9ミリで、9ミリゲージとも言われています。これは日本の家屋ではOゲージでは大き過ぎて、Nゲージが適していたと言うことでしょう。ちなみに、Nゲージは、Nine=9から名づけられました。Oゲージも最初は0=ゼロゲージでした。1番ゲージの次に小さいモデルだったので、0ゼロが使われました。が、その後、O=オーという呼び名に変わりました。欧州では0(ゼロ)ゲージとも呼ばれているようです。
鉄道模型の“ゲージ”というのは、軌間(線路左右レールの頭部内面間の最短距離)のことです。Oゲージは32ミリになります。HOゲージは16.5ミリで1/87、Nゲージは9ミリで1/148スケールになります。
このように、1/32、1/43、1/64、1/76、1/87、1/148 の縮尺率(スケール)は鉄道模型から導入されています。
さて次に、他の縮尺はどのように決まったのでしょう。
当時はイギリスが様々な尺度の基本になっていました。時刻はグリニッジ標準時で、イギリスのグリニッジ天文台で平均太陽時が決められていますし、長さや重さの単位もイギリスで制定された単位系が基準として使われています。ミニカーについても、この単位系に換算がなされ縮尺が決められました。
歴史をひも解くと、イギリスで最初に歴史的な単位系が制定されました。これが“イギリス単位”です。
その後、1826年に“帝国単位”が制定され、これがヤード、フィート、ポンドになります。
ミニカーのスケールは、この“帝国基準”に基づいています。
産まれてからずっとメートル法(国際単位系)=10進法で育った我々には、理解が非常に難しいですが、しばらくの間おつき合いくだい。ちなみにメートル法は、1790年にフランスで生まれました。メートル法に慣れている筆者からすると、最初からこちらで世界統一して欲しかったと思います。
1/10や1/20は、メートル法(国際単位系)=10進法から生まれてきたことはすぐにわかると思います。
1/10スケールは、ラジコンが主に使っています。これにも理由があると思っています。ラジコンは気持ちよく自分の思うままに操作して走らせるために、サスペンションやシャシの正確な部品製作が必要になります。これを実現させるにはメートル法が必要です。さらには標準品のバッテリーを内部に納めることにも適した大きさがちょうど1/10サイズなのです。
1/20は昔からプラモデルに多いスケールです。1/24だとできなかったギミックが再現できるようになるメリットがありました。さらには、1/24では再現できなかったディティールも1/20ならエンジンの細かいところまでつくることができます。つまり、正確さやディティール再現のために、キリの良くスケールも精巧につくることができる10進法が採用されたのだと思います。
少し捕捉すると、イギリスも1995年に国際単位系(メートル法)にすることが決まり、20世紀後半までに変更されました。ただし、いまだに生ビールとサイダーは“パイント”の単位で売ることが決まっています。これは、英国人に脈々と流れてきた“情緒的な作法”からなのでしょうか。
道路標識の距離表示もヤードとマイル、フィートとインチ、クルマの速度計もキロ表示との併記が義務付けられでいるようです。イギリスの若い人達も慣れているのでしょうか?
日本も昔は尺貫法が使われていましたが今はメートル法です。しかし、お酒はいまだに一升瓶と言いますね。一升は10合で1.8L、1斗は18Lです。日本酒の4合瓶は720ml、ワインの瓶は750mlが使われています。最近は輸出も多いので、日本酒の瓶も750mlが出てきたようです。
“帝国基準”ですが、1インチ(25.4ミリ)、その12倍が1フィート(30.48センチメートル)。1フィートの3倍が1ヤード(91.44センチメートル)。1マイルは、1609.344メートルになります。
10進法のメートル法で慣れ親しんだ日本人には理解しにくい倍数の数字になります。
さらに、ボルトの頭のサイズ表示にあるようにインチの法則では、1/2、3/8、1/4、3/16、1/8と縮尺を刻んでいるのも・・・頭の中が混乱してきます。
筆者も古いイギリス車(オースチンヒーリースプライト)を所有したことがあるのですが、部品のネジを外すのに、インチ仕様のレンチを新調しましたが、感覚が合わずなかなか使いこなせませんでした。
「3/8インチって何だよ、わけがわからないよ」と感じていました。
いちばん簡単に説明できるのは“1/12”です。1フィートは12インチですので、単純に1フィートを1インチに縮尺する換算から導き出されています。その半分が、“1/24”です。
日本人には「なぜここで“12”なんだ!」とまたもや不思議に思ってしまいます・・・。
プラモデルは、1/24スケールが多いですね。筆者も子供の頃から慣れ親しんだ馴染み深いスケールです。
輸入品のアメリカのプラモデルは、1/25スケールになっています。
これも子供の頃は「なぜだろう?」と思っていました。たくさんのモデルをつくって並べた時にスケールが違うというのは違和感があるからです。大きいはずのアメ車が小さくなりますから。近いスケールなのに、なぜ統一していないのかと本当に不思議でした。
理由ですが、1950年後期からアメリカではプラモデルをBIG3の自動車メーカーが新型車発売時につくって販売促進に使っていた歴史があります。この時、自動車メーカーがモデル会社に提供した正式な図面に基づき、正確に1/25.4スケールに縮尺されたのだそうです。要するに1インチを1ミリに縮小したわけです。これにより図面の寸法をそのまま使うことができました。それを略して1/25となりました。
筆者がアメリカ駐在時代に、この良くできた1/25プラモデルがスワップミートで高額で取引されていたのを見ました。箱絵がイラストで素晴らしく魅力的でした。
1/18は1ヤードを2インチにする縮尺で換算になります。これも、1ヤードは3フィート。なぜ3倍なのか? 日本人には、ますます理解できなくなってきます。
1フィートを、このように当時使っていた縮尺の比率で割ったもので、1/18のミニカーのスケールは決まってきました。
さらに奇妙な縮尺も存在します。
バイク模型で有名なイタリアの“プロター”は“1/9”というスケールのプラモデルをつくっています。「実車を正確に測定した寸法は“9”で割り切れるのか?」と疑問を持ちます。なんとも不可解で不思議です。
1/18は1ヤードを2インチにしていますので、1/9はその倍ですので1ヤードを4インチとしたのでしょうが……それ以外にもこの不可解な縮尺には理由があったと思うのです。
筆者の考察ですが、欧州には人体のスケールモデルがあり、主流は1フィートの約30センチの1/6ですが、もう少し小さいスケールで20センチの1/9位のフィギアがあります。バイク模型には“乗車する人”が必要なので、この20センチのフィギアを使うために1/9スケールになったのではないかと考えています。
日本で生まれた独自スケールは、タミヤが販売しているミリタリーシリーズの“1/35”です。
1961年に戦車模型パンサータンクにて世界で初めて採用されました。理由はモータライズするのに模型内部に電池やモーターを入れるスペースが必要で、ちょうど良いサイズが1/35だったからです。この1/35スケールはミリタリーシリーズ独自の縮尺率でしたが、世界の“タミヤ”になり、その後種類もたくさん生み出されたので、海外のメーカーもこのスケールを採用し、ミリタリープラモデルの標準スケールになりました。
永大グリップテクニカは、1/28スケールで魅力的なスーパーカーをたくさんつくっていました。この独自のサイズにした理由を考察すると、1970年代当時の技術でスーパーカーのリトラクタブルライトの開閉などのユニークなギミックを再現させるのに、中途半端ではありますが1/28スケールが最適だったのだと思います。当時、プラモデルでも1/28スケールがNITTO(ニットー)から、標準サイズの1/24の廉価版としてラインナップされていました。筆者も1/24と1/28サイズ、両方のプラモデルを購入していましたが、ほとんど相似形でした。木型は一緒で、倣いで型をつくるときにスケールダウンさせるのだと思います。1/24サイズは室内が再現されていましたが、1/28はモーターを入れて走らせて楽しむモデルでした。残念ながら永大グリップもNITTOも倒産してしまいました。
今回はミニカーのスケールの不思議について解説してまいりました。難しいテーマでしたが、内容ご理解頂ければ嬉しいです。
最後にもう一度、ミニカーのスケールについて理由をまとめると、
鉄道模型のジオラマとして生まれてきたスケールは、1/32、1/43、1/64、1/87、1/148。理由は、観賞やコレクションに適したサイズとして採用されました。
イギリス発祥の帝国基準から生まれたスケールは、1/8、1/12、1/18、1/24、1/72でした。
国際単位系から生まれたスケールは、1/10、1/20、1/25。ラジコンでは正確性のため、プラモデルではギミックやディティール再現に有効だから採用されていると考察できました。
不可解な、1/9、1/25、1/28、1/35も、それぞれの理由でスケールが決まってきました。
ミニカーのスケールの不思議も、理由があることを理解して見なおしてみると、自分の趣味に合わせたサイズのコレクションを楽しむことができると思います。
次回は、「TOYOTA 2000GTのミニカー・アラカルト」をお届けしたいと思います。お楽しみに!
【参考】鉄道の歴史
18世紀後半、イギリスの産業革命で蒸気機関が産業革命で開発された。
1804年に、蒸気機関車誕生。(リチャード・トレビシック氏)
1812年、サラマンカ号が商業的に走り始めた。
1825年に、世界初の鉄道が誕生。ストックトン・アンド・ダーリントン鉄道
1830年、リバプール・アンド・マンチェスター鉄道が、時刻表で運行し、交通革命を起こした。最高時速は58Km/hだった。
1827年、アメリカで鉄道がスタート。1830年には、アメリカ全土で鉄道建設。
1835年、ドイツで鉄道開業。
日本は、1872年(明治5年)に、新橋横浜(桜木町)。
鉄道模型
1891年に、ドイツ メルクリンが鉄道模型を販売。
1862年、イギリス、メイヤーズ。
1898年 バセット・ローク (1921年に00ゲージ誕生)