今回は、戦後のアメリカで初めてフロントドライブ(FF)を採用した1966年型オールズモビル・トロネードについて紹介する。戦前の1929年~1937年にかけてフロントドライブのコード(Cord)が生産されていたが、生産が中止されてから実に29年ぶりに登場したのがトロネードであった(コード車については筆者のM-BASE 第18回を参照)。まずはカタログを紹介する。
◆1966年型オールズモビル・トロネードのカタログ
主要諸元は、425cid(6964cc)V型8気筒385ps/4800rpm、475lb-ft(65.7kg-m)/3200rpmエンジン+3速ターボハイドラマチックATを積み、サイズはホイールベース119in(3023mm)、全長211in(5359mm)、全幅78.5in(1994mm)、全高52.8in(1341mm)、トレッド前/後63.5in(1613mm)/63in(1600mm)、車両重量4496lbs(2039kg)。価格(生産台数):トロネード4617ドル(6333台)、トロネードデラックス4812ドル(3万4630台)。
◆GMのフロントドライブ計画
GMでは戦前からFF車の研究を行っていたことはM-BASE第18回でも紹介したが、戦後初の試みは、1955年のGMモトラマで発表したコンセプトカー「ラサールⅡ(La Salle Ⅱ)」(下の写真)をFFで発表することであったが、残念ながら間に合わなかった。
トロネード開発のきっかけは、スポーティーでゆとりのあるパーソナルカーの需要があるとのマーケッティングの結果から、個性的で斬新なFF車を作ろうと決定。FF車は将来普及するだろう。ただ、開発がどれだけ難しいものかは分からなかった。
1966年にGMが発行した「General Motors ENGINEERING JOURNAL for educators in the fields of engineering and allied sciences(工学および関連科学分野の教育者のためのGMエンジニアリング・ジャーナル)」トロネード特集には次のように記されている。
「ユニット化されたパワーパッケージのアプローチによるクルマ設計の利点は、主にスペース・ユーティリティー、駆動トラクション、方向安定性、ハンドリングにあると指摘されている。これらの利点は追求する価値があり、エンジニアリングの挑戦は歓迎された。最終的にトロネードで実現したのは、何千もの創造的な工数と150万マイルのテスト走行、そして7年以上にわたる作業の成果である。このクルマは、オールズモビルだけでなく、ゼネラルモーターズのテクニカル・センター・スタッフの活動や、デザイン、スタイリング、テスト、開発、製造の各分野における関連部門のエンジニアの総力を結集した集大成である。」
そして、次のようにも記されている。
「生産部品の設計は、オールズモビルがエンジニアリングの全責任を負わないように、部品を生産するいくつかの部門に分担された。その分担は以下の通りである: オールズモビル事業部はエンジン、フロントおよびリア・サスペンション、サブフレーム。フィッシャー・ボディー事業部はボディー構造および車室(乗員用アコモデーション)。ハイドラマチック事業部はトランスミッション。ビュイック・モーター事業部はデファレンシャル。サギノー・ステアリング・ギア事業部はフロント・ドライブ・ユニットである。もちろん、他の多くの部門やスタッフも他のコンポーネントの開発作業に従事しており、スタッフは必要に応じてオールズモビルを支援し続けた。」
●トロネードの開発プログラムは1957年3月にスタートした。開発コードはXP-784。
1960年初頭、最初のFFテストカーが完成。ホイールベース112in(2845mm)、全長180in (4572mm)、車両重量3363lb(1525kg)のスモールカーで、エンジンは215cid(3523cc)V型6気筒で あった。テストの結果、特にドライブシャフトとチェーンに関してはさらなる開発が必要であるとの結論に至った。
●1961年6月、ヒュージブルスタディを完了。この時点で開発目標をオールズモビルのV8エンジンを積むフルサイズカーに変更。FF車に対するこの新しいアプローチは、卓越した性能とハンドリングを提供すると同時に、このタイプの車ではかつて提供されたことのないスペース・ユーティリティーを提供するラグジュアリー・スポーツ・タイプの車を生産するというコンセプトに基づいていた。マーケティング調査により、このようなクルマに対する潜在的な需要が確認され、この価格クラスの購買層が新しい機能に最も関心を持っていることが示されたのである。この時点で完成目標を1966年型としている。
●1964年2月、アリゾナのデザートプルービンググランドにおいてGM経営陣の審査を受けるべくデモンストレーションを行い、ゴーサインを得て正式に1966年型としての開発体制に入った。
●1965年5月、生産試作車を37台生産して最終テストを実施。
●1965年7月29日、記者発表。
●1965年9月24日、ショールーム展示・発売。
◆トロネードの特徴
●トロネードの最終レイアウト図。
最大の特徴は車高の低さであり、1966年型98シリーズより3in(76mm)低かった。
●UPP(Unitized Power Package;ユニット化されたパワーパッケージ)レイアウトの変遷
最初の案は、エンジンのクランクシャフト後端を延長して、トルクコンバーター(トルコン)はスプロケットを挟んで最後端に装着。トランスミッションはエンジンの右側に配置。デフギアはファイナルドライブギアから独立したアウトプットシャフト左端に装着されている。
この案では、クランクシャフト後端にトルコンを直結し、その後ろにスプロケットを装着。トランスミッションはエンジンの左側に配置。デフギアはファイナルドライブギアと一体となった。
これが量産型レイアウト。
●駆動系
駆動系の概略図。右側のドライブシャフトには振動を防ぐためのトーショナルダンパーが付く。
トルコンからトランスミッションに強大なトルクを伝えるサイレントチェーン。ギア駆動も検討されたが、構造が複雑となり、音の問題もあり、シンプルで音も静かなチェーン駆動が採用された。しかし開発は簡単ではなかったようだ。
プラネタリーギアセットによるデフとドライブシャフトのジョイント。ドライブシャフトの両端にはツェッパ(Rzeppa)型等速ジョイントBJ(Ball Fixed Joint)が装着されているが、回転や角度の動きだけでなく、車輪の上下によって軸方向にもスライドする必要があるため、インボードジョイントの外周には追加のボールレース(赤い矢印)が付く。この仕掛けは1961年に発売されたランチア・フラビアが採用していた。
1961年に発売されたイタリア初のFF車「ランチア・フラビア(Lancia Flavia)」の透視図と前輪駆動部。赤い矢印の先がインボードジョイントの外周に追加のボールレース。1965年10月に開催された第12回東京モーターショーで公開されたスバル1000には、世界初の軸方向の動きも併せ持つ、画期的な等速ジョイントDOJ(Double Offset Joint)が、発表にぎりぎり間に合って採用されたが、間に合わなかった場合にはランチア・フラビア方式を採用する予定であったという。
●UPP(Unitized Power Package;ユニット化されたパワーパッケージ)
オールズモビルの標準的な425cid(6964cc)ロケットV型8気筒385ps/65.7kg-mエンジンをトロネード用に改良している。ユニット化されたパワーパッケージコンセプトと低いボンネットプロフィールのために、基本的なエンジン設計にさまざまな変更が加えられた。UPPはラバーマウントを介してサブフレームに固定される。
●サブフレームとサスペンション
サブフレームはUPP、フロントサスペンションの他に、リアリーフスプリングの前端のブラッケットまで一体化している。リアスプリング後端のシャックルはモノコックボディーに固定される。
リアアクスルは鋼板プレスによるシンプルなもの。ショックアブソーバーは左右に垂直と水平に装着されており、この二重配置により、シングルショックアブソーバーにありがちな妥協をすることなく、車体の上下運動とアクスルの前後運動の両方を見事にコントロールする調整が可能になると記されている。
フロントサスペンションはダブルウイッシュボーン+トーションバー。開発初期にはコイルスプリングも検討されたという。
サブフレームは6点でモノコックボディーに固定される。
●ボディー
トロネードのモノコックボディー構造図。ボディーに関してはフィッシャー・ボディー事業部が、ペインティングからトリムまで完成させてオールズモビル事業部に納入される。構成部品は4000点に及ぶ。構造設計、安全性、音振、経済性、プレス型の製作など、すべてフィッシャー・ボディー事業部の責任で行う。
トロネードのコンシールド・ヘッドランプはバキュームシリンダーで作動する。コンシールド・ヘッドランプと横棒のグリルはFFの先輩「コード810/812」にインスパイアされたか?
◆トロネードのオフィシャルフォト
フロントシート前のフラットなフロア。リアシート前も同様、FF車最大の魅力。
トロネードと1966年ミス・アメリカのデビー・ブライアント(Deborah Irene Bryant “Debbie”)嬢19歳。オールズモビルは1958年からミス・アメリカのスポンサーであり、デビーは1年間オールズモビルの企画するイベントその他広報活動に参加した。デビーに与えられたクルマは白のコンバーティブルと記されており、トロネードではなかったようだ。
オールズモビルの果敢なアプローチによって、ブランド別販売シェアは6位であったのが、1972年型~1986年型までシボレー、フォードについで3位(1974年型と1982年型は4位)に躍進し、1983年型と1985年型ではフォードを抜いて2位の座を確保していた。
◆1967年型キャデラック・フリートウッド・エルドラドのカタログとオフィシャルフォト
トロネードより1年遅れてキャデラックからも「エルドラド」の名前でFFモデルが発売された。主要諸元は基本的にはトロネードと同じはずだが、微妙に違うのでカタログ値を記す。429cid(7030cc)V型8気筒340ps/480lb-ft(66.4kg-m)エンジン+3速ターボハイドラマチックATを積み、サイズはホイールベース120in(3048mm)、全長221in(5613mm)、トレッド前/後63.5in(1613mm)/63in(1600mm)、車両重量4500lbs(2041kg)。価格は6277ドル、生産台数1万7930台。