三樹書房
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designhistory
第11回 2010年~ 国産車「デザイン第6ステージ」
デザインフィロソフィー構築の時代
新リーダーとデザインブランド戦略
2021.12. 9

リーマンショクなどの世界的不況により米国のGM、クライスラー、フォードのビッグ3が大打撃を受ける中、日本企業も同じく大変であったが、2000年頃から日本の高級車も世界で本格的に認められるようになってきた。日本のメーカー各社がそのために何をやってきたかを振り返ってみることにする。
1986年にホンダは、いち早く北米においてスポーティーな高級車として、アキュラブランドを立ち上げた。ホンダとしては初めての高級車開発で、当然ながらノウハウがないので、開発はイギリスの「ブリティッシュレイランド社」に指導を依頼し、足回りのセッティングから、木目パネル使いに至るまでアドバイスを受けた。日本へは2005年に導入されたが、その後中止されている。


1985年ホンダ・レジェンド

トヨタもその品質や性能は、世界中のクルマに対して優劣がつけ難いところまで迫ってきた。しかし、イメージはまだまだ「安くて壊れない」というもので、1989年、米国トヨタの販売会社ではそんなイメージを払拭するためにトヨタ車に対して、より上質なレクサスブランドを立ち上げた。そのコマーシャルのインパクトはすごかった。エンジンがいかに静かかを証明するために、ボンネットの上にシャンパングラスタワーを立てエンジンをかけるというもので、関係者が見ていてもハラハラした。北米での高級車のブランド別販売台数では、1999年から2010年まで11年連続でトップを維持するなど(2011年は東日本大震災の被害による減産や、極度の円高で3位まで台数を下げトップの座を明け渡したが、2015年はメルセデス・ベンツを抜き返し、BMWに次ぐ2位であった)自動車王国でその実力が認められ始めた。日産も同年インフィニティという上質なブランドを米国で立ち上げ、日本勢も米国で対等かそれ以上の実力が認められていった。
それと同時に前回述べた自社のデザインフィロソフィーが求められるようになり、日本でもトヨタがレクサスを国内に導入すると、トヨタ車とのモノづくりの考え方の違いが問われだした。レクサスブランドは、日本国内で2003年に発表され、2005年から発売が始まった。そのため、レクサスブランドとトヨタブランドそれぞれのコンセプトを明確にし、お客様に伝える必要が生じることとなり、トヨタブランドのモノづくりについても改めて定義し直された。トヨタのモノづくりの理念は、「世界価値に昇華した日本独創」で、日本のトヨタから発信する「日本原点の思想」から生まれるモノづくりを表現したものだ。そして、それを受けた当時トヨタデザイン部長であった私が書いた基本理念は、1:新しい感動を想像する、2:モノづくりのワザを極める、3:グローバルな視野で考える、4:個を生かし、チームで高める、5:世界のデザインをリードすると、5つにまとめた。
そして、2005年に構築されたレクサスデザインフィロフィーは、「L-finesse」とし「先進・先端」を意味する「Leading edge」の「L」と、「洗練された深み」を意味する「finesse」で「先鋭・大胆⇄深み・精妙な技の冴え」この相反する要素を両立する美しさを追求する”ANTICIPATION”はその際のレクサスの独自性を高めるキーワードである。

SEAMLESS ANTICIPATION予
INCISIVE SIMPLICITY純
INTRIGUING ELEGANCE妙

の3つの言葉に秘められた意味がレクサスの造形に脈々と流れている。デザイン部内で喧々諤々議論した内容を、2011年から8年にわたりトヨタデザインを牽引してきた福市得雄取締役から2019年に引き継がれた、現在のトヨタデザインのトップであるイギリス人のサイモン・ハンフリーズ氏(現トヨタ自動車常務理事)が、適格で素晴らしい英語でまとめた。
レクサスデザイン部長の須賀厚一氏(株式会社テクノアートリサーチ社長兼任)は、レクサスのデザインフィロソフィーに関して、レクサスをデザインする根底にあるモノづくりの哲学が「CRAFTED」、つまり「思いを込めてつくる」であると語っている。
それに対するトヨタデザインブランドコンセプトは、「VIBRANT CLARITY」で「生き生き明快」を表している。
perfect imbalance美しく崩す、ベストバランスをあえて崩しながら洗練し、新鮮に完成度を高める。
symbolic simplicity単に要素を減らす単純さではなく、訴える造形テーマをより際立たせる立体構成とした簡素で印象に残るシンプルさ。 freeform geometrics幾何学的でドライな線、面に、手描きの勢いのエッセンスを取り入れた、新しいデザインテイスト。そして、change&consistency「変革と一貫性」を常に意識しながらのブランドアイデンティティーである。
トヨタとレクサスをひとことでいえば「明快と妙」である。2000年頃から、単なる機能価値の追求だけではブランドの発展は難しいのではないかと言われ始め、当初のデザインの方向性は、上述のデザイン理念をもとに、「高級車」に見られる威圧感のあるスタイルではなく、シンプルで知的で先進的なイメージを意識したスタイリングを目指す方向も考慮されていった。また、元レクサスブランドマネジメント部長の高田敦史氏は、「当然ユーザーの視点も従来の価値観ではなく、自分のライフスタイルに合ったクルマ選びに変わってきたことも大きな要因かもしれない」と語っていた。
そして、日産も1989年北米でインフィニティという高級ブランドを立ち上げた。米国でのTVコマーシャルは水のせせらぎの音を使って高貴な静粛さを表現し、それまでの日産車との差別化を謳っていた。そして、2013年には日本国内販売を始めた。


1989年日産インフィニティQ45

そんな日産の現在のブランド戦略は、「Vモーション」「ブーメランランプ」と呼ばれるデザインで、2010年に新発売したジュークから採用され、日産車のイメージ統一を図りながら、車種ごとの革新と発展に挑戦する強い想いが、デザインの随所に表現された。例えば、サイドデザイン→フローティングルーフやキックアップウエストライン、また、フロントデザイン→Vモーショングリル、ブーメランランプシグネチャー、そして、リヤーデザイン→ブーメランリヤーコンビネーションランプシグネチャー、ブランドシンボルエンハンスメントなど。そして、インテリア→グライディングウイング(日産自動車公式サイトより)などで日産車としてのアイデンティティーを表現している。


2010年日産ジューク

またEVでは、その形状も徐々に変化しつつあることに注目したい。自動車メーカーの特徴を表すアイコンを各社、新型車にモデルチェンジ、マイナーチェンジするごとに採用していった。現在は、1999年から18年間にわたり日産自動車のデザインをまとめてきた中村史郎氏に代わり、2017年に専務執行役員にアルフォンソ・アルベイザ氏が就任し、日産のグローバルデザインを担当している。
また、マツダでは、2009年デザイン本部長に就任した前田育男氏(現常務執行役員)のマツダデザインフィロソフィーは、日本の言葉で表現している点が大変興味深い。「魂動~SOUL of MOTION」という言葉でクルマの造形を表し2010年に発表した。その後、同年「靱(SHINARI)」、2011年1月「勢(MINAGI)」、2011年12月「雄(TAKERI)」、2014年「跳(HAZUMI)」、2015年「RX-VISION」9 魂動デザインの進化型が、「余白(yohaku)」「反り(sori)」「移ろい(utsuroi)」と表現され、車両の躍動感をいかに造形するかを言葉で表している。


2010年マツダ靭(SHINARI)

また、2015年「越(KOERU)」、2017年「魁(KAI)」というコンセプトでキャラクターラインを廃し、「VISION COUPE」のデザインキーワードは、ミース・ファン・デル・ローエの言葉である「Less is More」とし、「凛と艶と動」というように日本に古くある美意識に由来する言葉で毎年の様に新しい形状を表現している。特に興味深い表現は、キャラクターラインを一切使わずに凸面と凹面でリフレクションを巧みにコントロールし形状をまとめ、ボディーの写り込みと明暗で表現する造形手法である。
「魂動」デザイン第2弾の2015年「RX-VISION」では、フロントホイールのすぐ後ろのフロントドア部に凹部が設けられているが、2017年「魁(KAI)」では、凹部がリヤホイールの前、リヤドア部に移動している。表現のイメージは似ているが、立体の捉え方がどんどん変化している。凸面から凹面に変化していく造形は興味深いが、この変化の途中に生じる広い伸びきった面質は、生産技術が鉄板をプレスして再現するのに大変苦労したのではないかと想像する。


2015年マツダRX-VISION


2017年マツダ魁(KAI)

今回の「魂動~SOUL of MOTION」で私が最も好きなところは、シグネチャーウイングとマツダが呼んでいる、フロントのグリルの下からからヘッドランプの中まで入り込んだ光モノの造形である。美しい特徴ある表現に仕上がっている。こんなに素晴らしい車格とスポーティーさと美しさを兼ね備えた造形は、そう簡単にできるものではない。時代と共にそのテイストは変化しても基本形状の考え方は大切に続けて欲しい。


2012年マツダCX-5シグネチャーウイング

そして、ホンダデザインも新しくスタートを切った。モーターサイクル、オートモービル、ライフクリエーションと、事業別に機能していたデザイン部門をひとつに集約し、2020年「デザインセンター」を設立した。「こんなモノがあったのか⁉ お客様の想像を超えた価値、それを体験することで新しく豊かな生活に、毎日が進化していく、そんな喜びを人びとに提供し続けたい。人生に、驚きと感動を。」と、株式会社本田技術研究所の執行役員でデザインセンター長の南俊叙氏が述べている。そしてホンダデザイン公式サイトには、デザインフィロソフィーを「デザインはイコールコンセプトだ!」とし、「人・形・技術は一体だ」とした上で、「人がこれまでにない楽しさや喜びを感じること。しかも、使う人に優しく、使って楽しい機能を持つ。また、人を発想の核とし、時代に先駆け、Honda独自の技術と一体となり、独創性に満ちた新しい骨格の創造を目指す。二輪・四輪・汎用製品のすべてにおいて単なる造形では到達し得ない感動を追求する。それが、Honda Designだ。」としている。
そして、スバルのデザインフィロソフィーは、「Dynamic×Solid」とし、「安心」をイメージさせるソリッドな塊感をベースに、「愉しさ」を感じるダイナミックな躍動感を融合しクルマの本質を追求する。と、元スバル商品企画本部デザイン部部長の石井守氏は語る。WRCで鍛え上げられた、水平対向エンジンと4WDの強固な足回りにエッジの効いた力強く心地よい造形は、とても好感が持てる。従来、米国での一部のマニアの人気から一般の人達にも受け入れやすくするために4代目outbackで50ミリも一気に全幅が広げられ販売台数に貢献した。最近のスバルデザインは素晴らしい。


2018年スバルVIZIV

三菱デザインは、「ROBUST&INGENIOUS」とし、「過去からの伝承を基に、未来へと続く、三菱らしさ」ということで、「三菱デザインは、ダイナミックな力強さや堅牢さ、機能に裏打ちされた造形を大切に、これからも時代とともに進化し続けます。自信に満ち溢れ、深さを感じさせる”Generous”(寛容さ)、三菱のクルマがもつ高い走行性能を表現する”Athletice”(運動神経の良さ)、そして誰もが三菱車だと分かるデザインを明確に伝える”Simple”(シンプルさ)を追求し、お客様に信頼とワクワク感を提供できるブランドでありつづけます。」とデザイン本部長の渡辺誠二氏は述べている。エクステリアはDYNAMIC SHIELDの考え方を継続しながら、多様性を持ったデザインを展開する。そして、デザインエッセンスをエクステリアのフロントもDYNAMIC SHIELDの考え方で、ドアー断面はSCULPTED SORIDITY、リヤーエンドの造形はHEXAGUARD HORIZONとしている。また、インテリアのインパネ造形は、歴代三菱車が持つHORIZONTAL AXISの考え方を継承し、操作スイッチ類はSOLID TOUCHとし、スピードメーターの様な目で見て確認するものはVISIBLE FUNCTIONALITYとしている(三菱自動車公式サイト)。


2017年DYNAMIC SHIELD

ダイハツデザインのフィロソフィーは、「Always Beside You お客様の生活に一番近いグローバルブランドを目指し、私たちダイハツは『等身大の相棒』として皆様の生活にいつも寄り添っていられる車作りを目指してデザインしています。」と専務執行役員デザイン部長の丸谷勝己氏が述べている。コンセプトは車両ごとに定められており、その車両それぞれにデザインの考え方を大変わかりやすく表現されている。最近のダイハツの車両は過去の軽自動車とは全く想像もつかないほどの品質で、細部までこだわったモノづくりが徹底されており、下手なBセグメント車も驚くほどの出来栄えである。


2021年ダイハツTAFT

スズキで私が一番好きなスローガンが「小さなクルマ、大きな未来。」で、スズキの哲学が端的に現れている。そして、1962年制定されたスズキグループ社是の「消費者(お客様)の立場になって価値ある製品を作ろう」もわかりやすく、このひとことがすべてを物語っているように思う。デザインについては、具体的な造形のフィロソフィーが見当たらないようにも感じるが、商品を見ていると、「お客さんが良いと言ってくれて、買っていただければいいのだ」という雰囲気が伝わってくる企業ではないかと思う。そして会社経営方針で挙げられている、「お客様の求める小さなクルマづくり、地球環境にやさしい製品づくり」と、「あらゆる面で「小さく・少なく・軽く・短く・美しく」を徹底し、「ムダのない効率的な健全経営」も、とてもわかりやすくスズキらしい好感の持てる表現で納得できる。


2018年スズキ・ジムニー

こうして、各社のデザインフィロソフィーを並べてみると、戦後、追いつけ追い越せと自動車先進国からの学びに始まり、なんとかその水準並みになったところ、まだ足らないところ、優っているところと、いろいろ見えてきた。欧州のメーカーと日本のメーカーのブランド戦略を見て感じることは、欧州の場合は「こんないいモノをつくってあげたから買いなさい」というスタンスであり、日本の場合は「あなたはこんなものが欲しかったのでしょう? それをつくったので買ってください」というところが、一番大きく異なるところではないだろうか。つまり、マーケティングの基本概念にあてはめるとすれば、プロダクトアウトとマーケットインの違いだろう。地政学的に長い歴史の中で、隣国と闘いに明け暮れ、国として生き延びるための緊張感が身に付いている欧州でのモノづくりには、自己アイデンティティーの表現が常に求められている。方や、内戦はしたものの、お国の消滅までの危機感に迫られることが少なく、さほど自己主張の必要のなかった国のモノづくりの差だろう。また、組織のリーダーに関しては、初期発展期(攻撃型)、安定成長期(守備型)、変革期(浄化型)の3つの時代背景にあった個性の持ち主が時代の変化を乗り切り、企業の成長に欠かせない重要な存在である事を再認識させられた。 次の最終回では、その変化をまとめて表にしてみようと思う。さて、どうなるか、自分でも楽しみである。


参考資料:トヨタ博物館/フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)/webCG/日産デザインホームページ/マツダ公式サイト/ダイハツ公式サイト/スズキ公式サイト
写真:トヨタ博物館/三樹書房

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執筆者プロフィール

木村 徹(きむらとおる)
1951年1月17日、奈良県生まれ。武蔵野美術大学を卒業し、1973年トヨタ自動車工業株式会社に入社。
米CALTY DESIGN RESEARCH,INC.に3年間出向の後、トヨタ自動車株式会社の外形デザイン室に所属。
ハリアーなどの制作チームに参加し、アルテッツァ、IS2000 などでは、グッドデザイン賞、ゴールデンマーカー賞、日本カーオブザイヤーなど、受賞多数。愛知万博のトヨタパビリオンで公開されたi-unitのデザインもチームでまとめた。
同社デザイン部長を経て、2005年4月から国立大学法人名古屋工業大学大学院教授として、インダストリアルデザイン、デザインマネージメントなどの教鞭を執る。
2012年4月から川崎重工業株式会社モーターサイクル&エンジンカンパニーのチーフ・リエゾン・オフィサーを務める。その他、グッドデザイン賞審査員、(社)自動車技術会デザイン部門委員会委員(自動車技術会フェローエンジニア)、日本デザイン学会評議員、日本自動車殿堂審査員(特定非営利活動法人)、愛知県能力開発審議委員会委員長、中部経済産業局技術審査委員会委員長、豊田市景観基本計画策定有識者会議委員など過去、公職多数。
現在は、名古屋芸術大学、静岡文化芸術大学、名古屋工業大学で非常勤講師として教鞭を執る。

木村デザイン研究所

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