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第6回(最終回) 日本のカーデザインの変遷と展望(後篇)
平成から令和へ。1990~2020年代のカーデザインの変遷を考える
2020.5.21

前回は昭和の日本のカーデザインについて、1960年代、70年代、80年代と10年ごとに当時の歴史背景を振り返りながら、デザインの特徴と変遷を追ってきた。続いて今回は、平成から令和、そして将来展望までを考察して、連載の締めくくりとしたい。

その前にまず、新型コロナウィルス感染の終息と、肺炎流行の影響による世界中の混乱の収束を心から望みたい。このウイルスのせいで人と人の関わり方、モノの価値観まで変わりそうである。

1989年(昭和64年)は、年が明けてまもなく元号が改まり、平成元年として新たなスタートを切った。
この年は、実にエポックメイキングな車たちが誕生した年であった。
トヨタからは、初代セルシオが発表され、この年のカーオブザイヤーに選出されている。
日産は、R32スカイラインにGT-Rを復活。
マツダは、ユーノスロードスターを世に放った。2019年に30周年の記念イベントが行われるほど長く愛される、愉しい車の誕生であった。
SUBARUからは、レガシィが誕生。セダンだけでなく、ワゴンは後のRV(レクレーショナルヴィークル)ブームを創りだし、一緒に趣味を楽しむための頼もしい相棒! としての地位を確立して、「所有」から「使用」へと、車の"価値"を大きく変化させた。

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左:初代レガシィRS/右:初代レガシィツーリングワゴン(ともに1989年)

1990年代は、91年3月のバブル崩壊が大きな変化の始まりであった。
バブル崩壊を機に、自家用車に対する趣向も大きく変化した。バブル期の日本では、海外の超高級車やクラシックカーは投資の対象になり、所有する車は、高級乗用車のセダンが7割と全盛を極めた。しかしバブル崩壊後はお客様の心に変化が訪れ、"これ見よがし"の価値観が薄れて高級車は衰退していく。代わってRV(レクレーショナルヴィークル)が若者を中心にブームとなった。車の価値が「所有」から「使用」へと変化したのである。富士重工業のレガシィツーリングワゴンや、三菱のパジェロ、トヨタRAV4、ハリアーなどは、ライフスタイルを象徴する個性や機能を持ち合わせていた。つまり人々は、目的に合わせた車選びや「乗る愉しさ」を重視するようになったのである。93年には、軽自動車でスズキのワゴンRが登場し大ヒット。94年には、ホンダオデッセイがミニバンとして人気を博した。
このように、"価値観の変化"と共に、RVブームと、低価格で実用的なコンパクトカーや軽自動車のニーズが高まった時代であった。

ishii-06-02.jpg 三菱パジェロ(1991年)

90年代はまた、安全性能向上の時代でもあった。エアバックやABSが発達し、1996年にはトヨタの安全ボディGOAがスターレット(5代目)に採用された。
こうした背景の中、90年代のカーデザインの特徴は、80年代の直線デザインから丸みのあるデザインにトレンドが変化した。一例として日産マーチにフォーカスすると、初代は1982年にジウジアーロデザインでシンプルな直線デザインであったが、1992年にFMC(フルモデルチェンジ)された2代目マーチは丸みのあるデザインで、特に女性層に受け入れられ大ヒットになる。90年代は自由なデザインが多数生み出された時代であったともいえる。
軽自動車については、90年1月の規格改定によって、全長は100㎜延長されて3300㎜になり、排気量も550ccから、660ccに拡大されて、安全性と運動性能とともに実用性が増した。デザインの自由度も増し、また全高の伸長に目を付けたハイトワゴンが各社から出され、軽自動車も室内空間が格段に広がってより積極的な選択ができる存在になった。ワゴンRに続き、ダイハツがムーヴを出し競争が激化、特に女性を中心に満足感が増すことで売れゆきを伸ばしていった。

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左:初代日産マーチ(1982年)/右:2代目マーチ(1992年)

2000年代は、エコカーの時代である。その先陣を切って、トヨタからプリウスが発売された。1997年に採択された京都議定書を受け、グリーン税制がスタート。低排出ガス車を税金面で優遇することでCO2排出量を減らす狙いに対して、最初のハイブリッドカー、プリウスを発売したトヨタは、プリウスに使われるバッテリーを特別保証している。2004年の2代目プリウスは世界中で大ヒット、デザインは空力性能を意識したおむすび型のフォルムで、その後のプリウスのカタチを決定付けた。ハイブリッドはエスティマなどにも装着された。
エコとともに安全性能も進化した。衝突被害低減ブレーキが、2003年のハリアーに初採用。今では軽自動車にも搭載されるまでに至っている。
一方で2000年代は、かつて大ヒットした名車の名前が終了する時代でもあった。日産ブルーバードは、2001年10代目でその名前に終止符を打った。同じく日産は、2007年にGT‐Rをスカイラインから切り離して発売している。
この時代のカーデザインの特徴は、丸や四角といった大きなトレンドがなくなったことだ。各車両のコンセプトを明快に表現できるデザインになり、それが成功した車が売れた。例えば2001年にホンダが売り出したコンパクトカーフィットは、動きのある"コイキ"なデザインで若者の心を射止めた。トヨタはbBにストリート系デザインコンセプトを採用し、"不良っぽさ"に憧れる層を中心に販売を伸ばすなど、若者の文化に合わせた自由なデザインが進化した時代であった。またノア/ヴォクシーは、1700㎜以下の5ナンバーの全幅内を最大限活用する四角くモダンなデザインで、ミニバンのコンセプトを見事に表現してみせた。
このようにコンパクトカーが台頭するいっぽうで、日産は北米でヒットしたムラーノを日本でも販売した。また日産は、デュアリスでコンパクトでおしゃれなSUVクロスオーバーを登場させた。この車は海外で"キャッシュカイ"と名称を変えて大ヒットした。

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2代目プリウス(2003年)

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左:ホンダフィット(2001年)/右:トヨタbB(2000年)


2000年は、日本メーカー各社がデザインを重要視する時代になった。
先陣は日産の中村史郎(敬称略)。1999年にゴーン社長によって、いすゞ自動車からヘッドハンティングされ、2000年にはデザイン本部長、常務執行役員に就任。欧米ではデザイントップが役員になるのは通常であったが日本ではそのような文化は無かった。
2018年まで、実に18年間日産のデザイントップとして活躍した中村は、日産デザインの革新からデザインセンターの設立、日本を代表するメーカーデザイナーとして幅広く尽力し、日本のデザイナーの役割の改革と、地位向上を図った。
日産に続き、トヨタやマツダ、ヤマハなどがデザイントップを役員へ昇進させ、デザイン戦略を推し進めた。
この活動は、まず自社のデザイン戦略を確立し、その後、ブランドを司る役を担い、会社全体をデザイン=ブランドで統括する戦略に昇華するかたちでその後も続いていく。
最近では、マツダが大きな成功を収めている。車両のデザイン以上に、ブランドの価値をまとった車は、顧客にさらに大きな感動を伴って伝わることを実践した。
2020年のワールドデザインカーオブザイヤーに、2019年発売のマツダ3が選ばれたことも日本人デザイナーとして誇らしいことである。

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マツダ3(2019年)

2019年11月10日、令和の新天皇皇后両陛下のパレード(祝賀御列の儀)が、華々しく行われた。
使われたオープンカーは、トヨタの最高級車センチェリーをこの時のために改造したもの。非常に堂々として、そして凛々しい品を兼ね備えていた。
日本人の心そのものであった。

2019年、元号は令和になり、第46回東京モーターショーも10月23日のプレスデイから、11月4日の一般公開最終日まで賑やかに開催された。入場者数は130万900人、2年前に開催された東京モーターショーは約77万人だったので、集客数は前回を大幅に上まわったことになる。大成功であった。
事前発表では、海外の自動車会社の不参加が伝わり、非常に集客が危ぶまれていたにもかかわらず、結果は前回実績を大きく凌ぐ成功だったわけである。
何が、これほどの成功をもたらしたのか?
そもそもモーターショーはメーカーにとって最大の販売促進イベントである。自社の車を顧客に宣伝するとともに、自社のメッセージを出すことができる。当然、モーターショーを訪れる人たちも、車好きになる。これが、従来の考え方であった。
こうした、従来の価値基準で判断すれば、海外メーカーの参加が無くなれば、大きな集客減になるのではないかと考えるのは当然である。
しかし、2019年の東京モーターショーは、『OPEN FUTURE』とメッセージを出し、従来の自動車ショーという枠ではなく、『未来のモビリティの体験』を新たなテーマとして掲げ、自動車好きだけでなく、多くの幅ひろい層(例えば子供たち)にも"愉しめる"イベントとしての企画が満載な自動車ショーになっていた。
体験ということでも、お台場の会場の移動にEVスクーターを活用したり、将来の顧客である子供たちには『キッザニア』を各メーカーが企画して"車と接することの愉しさ"を倍増させていた。
会場内では、特にトヨタ自動車のブースは、現時点で販売されている車の展示は一切なく、未来のモビリティを使った社会を再現していた。従来の"最大の販売促進イベント"からの発想ではできない大胆な企画である。
従来の自動車好きは戸惑ったかもしれないが、エンターテインメントを求めて来場していた人たちには大いに愉しい空間であり、夢のある時間を過ごせたと思う。自動車社会の大きな変革が始まろうとしている"今"、そして"未来"に、顧客は非常に興味があり、それを目の当たりにすることができる、新しい企画を考えた東京モーターショーになったと言える。
これが、130万人もの集客につながった最大の成功理由であると思っている。

CASE〔Connected/Connectivity(接続/接続性)、Automated/Autonomous(自動化/自動運転)、Shared(共有)、Electric(電動化)の頭文字〕やMaas(Mobility as a service:移動の統合サービス化)の時代になって、顧客はどのように愉しく移動ができ、どのくらい便利になるのか? それが理解できる仕掛けが、東京モーターショーにあったということであり、従来の車好きの顧客だけを狙ったカーショーでは無く、将来のトランスポーテーション(輸送機関)の姿を想い描きたい幅広い顧客へのアピールができた証拠だと思う。顧客も未来の自動車社会の姿に興味があったということである。
「クルマ離れ」と言われているが、決してそうでは無さそうだ。これは自動車業界に身を置く自分のような人間にとって嬉しい発見だった。

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2019年東京モーターショーは『『OPEN FUTURE』を打ち出し、圧倒的な集客数を誇った。

最後に、これからの自動車というトランスポーテーションが進化してゆく"未来の姿"はいったいどのようになるのか? について、私なりの考えを述べてみたい。
もちろん、それは、まだ想像の範疇でしかない。大きなインフラの変化や価値観変化が伴ってはじめて実現できるものであるからだ。
たとえば未来は、今よりカーシェアリングが進んで、日常使いの車はシェアカーが主流になってくるかもしれない。個人の所有物ではなく、単なる移動手段として使われる車なので、シンプルで簡素な実用車に特化されるのではないか。シンプルな車なら、手荒な使われ方をしても、必要最小限の部品を交換するだけで蘇ることができる。
一方で、個人所有される車たちは、デザインだけでなく、機能についても、その個性・特徴の「見える化」が進み、顧客にわかりやすいものに進化していくと思う。所有する車は、顧客の好みやニーズに寄り添い、暮らしの良きパートナーになることを求められるからだ。それに伴いメーカー(ブランド)の「見える化」も進むだろう。そして本当にそのメーカーのブランド戦略に見合った車だけが新車として世に出るようになる。どのメーカーも、自社のブランドイメージを、競ってデザインで表現していくようになるのではないか。
その一方で、車のデザインは、顧客がカスタマイズできて自分好みにアレンジできるような手段が出てくるとも予想している。現在のオプショナルパーツの世界より、さらに発展性を伴った進化系が登場する。となると、自分好みのアレンジが効果的にできるよう、オリジナルデザインは、意外にシンプルになってくるのかもしれない......。

未来について想像することは楽しい。いずれにしても"自動車デザイン"はきっと、人々をさらにドキドキワクワクさせるアイデアを生み出すであろう。それは単にカタチだけではない。未来の顧客の「良いパートナー」にふさわしい、愉しく便利な機能を持った姿に、車は進化してゆくだろう。
この連載は今回が最終回となったが、私は今後も皆さんと一緒に、未来の自動車デザインが素晴らしいものになっていくのを大いに期待しながら観察してゆきたいと思う。

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執筆者プロフィール

1962年(昭和37年)、埼玉県生まれ。
富士重工業株式会社(現在のSUBARU)に入社、デザイン部配属。1991~94年、SRDカリフォルニアスタジオに駐在し、帰国後3代目レガシィのエクステリアデザインリーダー、2代目インプレッサのデザイン開発リーダーを務め、2001年~2007年は先行開発主査、量産車主査を歴任。2011年商品開発企画部部長兼務デザイン担当部長(先行開発責任者)となり、2013年デザイン部長就任。2014年のジュネーブショーカー『SUBARU VIZIV‐IIコンセプト』から、SUBARUのデザインフィロソフィ『DYNAMIC×SOLID(躍動感と塊感の融合)』を発表した。
三樹書房『SUBARU DESIGN』(著者:御堀直嗣)は、石井が御堀のインタビューを受けてまとめられたもので、本書に記載されている450点の写真については、石井が厳選して、それぞれの写真に自らコメントを書いている。

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