三樹書房
トップページヘ
design
第2回 イタリアの巨匠・ジウジアーロの考察
2019.5.30

ジョルジェット・ジウジアーロは、誰もが認める、最も著名なカーデザイナーである。
世界中で成功したデザインはまさに"星の数"。それほど世界中のメーカー(ブランド)からの自動車デザインの依頼に対して素晴らしい結果を出しているのである。
その根底にあるのは、才能やセンスはもとより、ジウジアーロの"デザイン考察力"の高さだと思う。メーカーの要望を熟考して確かな答えを出すために、そのメーカーの歴史から、商品の特徴や優位点を調べあげ、自らの感覚と照らし合わせてアイデアを展開している。よく比較されるのは、ランボルギーニ・カウンタックやランチア・ストラトスなどで知られるマルチェロ・ガンディーニであるが、彼らには大きな違いがある。ガンディーニのべルトーネ最後のシトロエンBX以降、独立してからのデザインには、リヤアーチの切り欠き等にガンディーニならではの個性を必ず入れる。それに対し、ジウジアーロのデザインは自然体で、どのメーカーの個性にも合わせることが出来る。 特にVWゴルフや、フィアットウーノやパンダ等の、シンプルを極めたデザインは秀逸である。"引き算のデザイン"、すなわち本当に必要なものだけを残して、贅肉を全てそぎ落とし、シンプルにしながら特徴を出すことは、デザイナーの永遠の課題なのである。本当に必要なものだけを採用してデザインすることを自ら決める勇気も必要だ。ジウジアーロデザインの特徴は、シンプルだが安っぽく見えないことなのである。

02-01.jpg
VWゴルフ。傍らに立つのがジウジアーロ。

理由を具体的に説明すると、キャラクター線を使わないで特徴を出すためには、シンプルな造形面を極めなけばならない。シンプルな造形面を極めるということは、その骨格のシンプルなプロポーション造りからデザインを始めるということである。デッサンが少しでも狂ったらバランスが取れず、シンプルさが台無しになってしまう。シンプルデザインの奥深さは計り知れない。これを極めたということは、自動車メーカーと一体になってクルマの骨格から一緒に創造したということなのである。従来の骨格は使えないので、新しくプラットフォームから造り始めた企画であり、それが成功した事例であろう。このような大きな企画は、メーカー内のデザイナーが提案したとしても信用されないかもしれない。ジウジアーロだからこそ信頼され、デッサンから創り直して最高のシンプルデザインを成立させたと考える。
このように、大きな提案を考えて、違うメーカーの特徴を正確に把握して最大級のデザインに構築できる力は素晴らしいとしか言いようがない。
さらに、デザイン作業のプロセスにおいても、素晴らしい開発をしている。それは、デザイン作業を実行する時に、立体の3面図をしっかり描き検討をしていることである。そのデザインは、3面図の整合が取れていて間違いが無く、格好良い。
普通のデザイナーは、スケッチを描く時に特徴を誇張して表現する。それは、スケッチ画は、相手や依頼主、スケッチから立体化するモデラーに、アイデアを伝えるためのツールであるから。これに対し、ジウジアーロの3面図スケッチは誇張のない完成予想図(レンダリング)である。つまり、立体化した時にスケッチと全く同じデザインが誕生するということである。
3面図でスケッチを描くメリットは、他にもある。それは美しいカタチを成立させるための課題が早い段階で分かるということである。
一つの例として、ギア時代にジウジアーロがいすゞの117クーペをデザインしたとき、3面図スケッチ段階で流麗なクーペデザインを実現させるためにはフードを低くする必要があると気付いた。そこでジウジアーロは、いすゞのエンジニアに、エンジンの高さを低くして欲しいと要望を伝えたと言う逸話がある。いすゞはその要望を受け、117クーペの流麗なシルエットを実現させたのである。誰が見てもシンプルで美しいと感じる造形面は、当時の量産技術では実現できず、メタル(板金面)はハンドメイド(すべて叩き出して板金面を作り出すということではなく、単純なプレスを行った部品を、溶接して最後に滑らかに仕上げること)で造られていた。
また、すべての窓ガラスを取り囲むようにデザインされた、メッキのモールディングも素晴らしく、117クーペのエレガントさを引き立てている。117クーペは当時の日本車の中にあって、日本人誰もが求めていた高級な欧州車のデザインをまとった、まさにスペシャルなクーペであった。日本の顧客の感情や価値をも理解して、創り上げる素晴らしいデザインを描き出す、ジウジアーロは偉大である。
その後、いすゞとジウジアーロの関係は、ピアッツァに引き継がれ、1980年代に、未来から来たような素晴らしいフラッシュサーフェイスデザインを実現させた。
1970年代のクルマは、窓ガラスの成型が3次元で出来ないために、キャビンはガラスの成型の制約で四角くなり、ボディは、サイドガラスからショルダーを大きく張り出して作られていた。しかしピアッツァ(その原型となるのは1979年のジュネーブショーで公開された「アッソディフィオーリ」である)は、サイドドアガラスの下のボディが、サイドガラスからの繋がりの面で構成されている。断面が"だるま"のような形状ではなく、フラッシュサーフェイスになっている。これは3次元曲面ガラスを使うことや、ボディ断面を内臓物をも考えて薄く作ることが求められる。いち早くモダンなボディデザインを提案したジウジアーロ、そしてイタルデザインから提案されたアッソディフィオーリを、そのままのカタチで実現させたいすゞも素晴らしい。

02-02.jpg
ジウジアーロがデザインしたいすゞ117クーペ(左)とアッソディフィオーリ(右)

以下に、ジウジアーロがデザインした日本車を列記して紹介しておこう。

ベルトーネ時代

マツダ (初代)ルーチェ:マツダ初の高級車として、デザインをベルトーネに依頼、ベルトーネ時代のジウジアーロがシンプルで上品なセダンデザインを創造した。ヘッドランプからリヤエンドまで流れるような大きな弧を描いた造形美のボディ。ピラーは細く、直線的で、Aピラーの傾きとCピラーの傾きが、アルファベットのAの両辺の角度に似ている非常に均整が取れたデザインである。このようにシンプルで美しいデザインは一方で量産化も難しいが、マツダは当時から「美しいデザインのクルマ」を実現させることにチャレンジしていた。

ギア時代

いすゞ 117クーペ:デザインの特徴などは前述したので、ここでは省略する。

イタルデザイン時代

いすゞ アッソディフィオーリ(コンセプトカー):デザインの特徴などは前述したので、ここでは省略する。
いすゞ 2代目ジェミニ:シンプルでコンパクトなセダンデザイン。嫌みがまったく無く誰もが受け入れられるデザインであったが、CFは"街の遊撃手"というキャッチコピーで、クラッシック音楽に合わせて2台のジェミニが舞うように、踊るように、並走するインパクトあるもので、魅了された。
日産 (初代)マーチ:こちらもシンプルデザイン。近藤真彦をCFに起用して"マッチのマーチ"というキャッチコピーで宣伝した。
三菱 (初代)ギャラン:このデザインもシンプルモダン。三菱の無骨なイメージは無く、欧州車のようなプロポーションとモダンな面構成を持っていた。
スズキ フロンテクーペとキャリイL40型:イタルデザイン時代初期のジウジアーロの作品は面が非常にフラットでモダン、明快なシンプルデザインを特徴としていた。
トヨタ (初代)アリスト:高級スポーツセダンデザイン。イタルデザインのコンセプトカー"メデューサ"の雰囲気が、モダンな中に豊かな面の表情が構築されている。
トヨタ スターレット:シンプルなハッチバックデザインで特徴はリヤゲート。
ダイハツ ムーヴ
SUBARU アルシオーネSVX:スバルは飛行機会社から始まったということを、3次元ガラスを採用して、戦闘機と同じグラスキャビンで表現している。ジウジアーロの素晴らしいところは、メーカーの過去の歴史やイメージをひも解いて、デザインに採用することである。カーメーカーとしても、彼への信頼度が厚くなること間違いなし。
など、各メーカーでさまざまなクルマがジウジアーロの手腕でデザインされている。

02-03.jpg
ジウジアーロによるアルシオーネSVXのスケッチと、自らSVXのクレイモデルを削るジウジアーロ。(写真は書籍『スバルデザイン』より抜粋)

イタルデザイン時代は、チーフデザイナー・兼務・社長として経営から実務までの激務をこなしていた。会社は大きく発展し、才覚も持ち合わせていたスーパーデザイナーである。また、自動車以外でも様々なプロダクトの分野でもデザインを創出している。
オートバイ(スズキ、アグスタ)、自転車(ブリヂストン)、カメラやサングラス(ニコン)、時計(セイコー)、化粧品パッケージ(カネボウ)、コンピュータ、家具や、スポーツウェアまで幅広く活躍していた。
セイコーと共同でデザイン制作した腕時計は、オートバイに乗った状態で、ライダーの目線から、真っ直ぐになるように、時計バンドに対して角度を持たせたデザインが施されていた。このように、自動車以外のデザインでも、顧客の心理を射止めるような工夫がそこかしこに施されており、ジウジアーロが偉大なマルチデザイナーであることが証明されている。
ジウジアーロは現在も、「ジウジアーロデザイン」で活躍している(1938年生まれなので御年80歳! ガンディーニは同い年で誕生日もナント19日違いである)。いっぽう、ジウジアーロがギアから独立し設立したイタルデザインは、VW傘下に入り、現在も活動は継続しているが、"イタルデザイン=ジウジアーロ"とイメージする私のような世代にとっては、残念なことである。

ジョルジェット・ジウジアーロ
1938年8月7日生まれ(80歳) イタリア人・カーデザイナー
1955年に、17歳にして才能を見いだされFIATに入社。
1959年に、ベルトーネ社にチーフデザイナーとして入社。
1965年に、カロッツエリア・ギアに移籍。
1968年に、自社の、イタルデザインを興した。
現在は、ジウジアーロデザイン

02-06.jpgジウジアーロは80歳の今も現役デザイナーとして活躍している。写真は2019年のジュネーブショーにて。向かって右がジウジアーロ、中央が筆者の石井。左はSUBARUの岡田上級広報部長。
このページのトップヘ
BACK NUMBER
執筆者プロフィール

1962年(昭和37年)、埼玉県生まれ。
富士重工業株式会社(現在のSUBARU)に入社、デザイン部配属。1991~94年、SRDカリフォルニアスタジオに駐在し、帰国後3代目レガシィのエクステリアデザインリーダー、2代目インプレッサのデザイン開発リーダーを務め、2001年~2007年は先行開発主査、量産車主査を歴任。2011年商品開発企画部部長兼務デザイン担当部長(先行開発責任者)となり、2013年デザイン部長就任。2014年のジュネーブショーカー『SUBARU VIZIV‐IIコンセプト』から、SUBARUのデザインフィロソフィ『DYNAMIC×SOLID(躍動感と塊感の融合)』を発表した。
三樹書房『SUBARU DESIGN』(著者:御堀直嗣)は、石井が御堀のインタビューを受けてまとめられたもので、本書に記載されている450点の写真については、石井が厳選して、それぞれの写真に自らコメントを書いている。

関連書籍
スバル デザイン
トップページヘ