三樹書房
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第76回 F項-20 Ferrari・7 <テスタ ロッサ>(500TR/335スポルト/250TR)
2019.3.27

............(00)(04-58-29a) 1958 Ferrari 250 TR C/N:0718(ラグナ・セカ).jpg

・前々回にも触れたように「TRシリーズ」は1957年その発想がスタートしており、時系列的には「250MM」の後で、「250TdF」と並行して登場したモデルである。
・FIAは1958年からのスポーツカー世界選手権を「3リッター」に制限することを発表した。これに合わせて「4カム12気筒」や「V6」等もテストされたが最終的にはコロンボ系の「250GT TdF」のエンジンを使って「プロトタイプ1号」が造られた。量産に際してはシリンダー・ヘッドに改良が施され、プラグの位置が吸気側から排気側に変わり、バルブスプリングがヘアピン式からコイル式となった。他のコロンボエンジンと区別するため新しいシリンダーヘッドは赤く塗られたので、イタリア語で「赤いヘッド」という意味の「Testa Rossa」と呼ばれ 、そのエンジンを使ったこのシリーズ名が「250TR」となった。
・このエンジンは優れた性能に加えて柔軟性もあり、メンテナンスも容易な傑作機で、レーシングエンジンとしては異例の長命を保ち61年まで現役で活躍した。
・「250 TR」は「ワークス・カー」と「市販車」にはっきり違いがあり、「市販車」は「右ハンドル」で「ポンツーン・ノーズ」だが、「ワークス・カー」は「左ハンドルで」、初期の一部を除いて「ポンツーン」ではない。


(00)<500TR/335 スポルト>

(写真001a) 1956 Ferrari 500 TRC       (2004-08 ラグナセカ/カリフォルニア
(00-1a)(04-61-34) 1956 Ferrari 500 TR C/N:0622(ラグナ・セカ).jpg
「TR」」(レッド・ヘッド)は「250 TR」が最初ではない。1956年レース専用に造られていた4気筒2リッターの「ランプレディ・エンジン」に「アルベルト・マッシミーノ」(1940年エンツォ・フェラーリが初めて作った「アウトアビオ815」の開発の中心となったエンジニア)が改良を加えたエンジンのヘッドカバーを赤く塗ったのが最初だった。

(写真00-21ab)1957 Ferrari 335 Sport Spyder (2008-08ペブルビーチ/カリフォルニア)
(00-2a)(04-71-22) 1957 Ferrari 335 Sport Scaglietti Spyder.jpg

(00-2b)(04-71-23) 1957 Ferrari 335 Sport Scaglietti Spyder.jpg
ポンツーン・ノーズと言えば「250TR」の専売特許のように思われているが、そのベースとなったのは前年活躍したこの「335 Sport」だったのはあまり知られていない。外見は「250TR」と全く変わらないから説明が無ければ見分けは付かない。


(01)<ワークス 250TR>(1957)

(写真01-1a~d)1957 Ferrari 250TR Spider Prototype (1998-08 ペブルビーチ/カリフォルニア)
(01-1a)(98-30-08) 1957 Ferrari 250 TR Spider Prototype.jpg

(01-1b)(98-30-09) 1957 Ferrari 250 TR Spider Prototype.jpg

(01-1c)(98-30-05) 1957 Ferrari 250 TR Spider Prototype.jpg

(01-1d)(98-30-06) 1957 Ferrari 250 TR Spider Prototype.jpg
シャシーNo.0666TRのこの車は「290MM」をベースに造られたプロトタイプの第1号だ。現在の外見は参考にした「335Sport」とそっくり同じで、ブレーキの冷却効果を狙った特異な形のポンツーン・フェンダーが特徴だ。(語源は正面から見たとき双胴船(ポンツーン・ボート)に似ている所から付いた)現在のボディは1957年スカリエッティで再架装された2代目で、初代がどんな姿だったかは確認で来なかった。この車は1958年のルマン24時間レースでジャガーと接触して全焼したが元の姿にレビルトされた。

(写真01-2a~j)1957 Ferrari 250TR Spider Prototype      (2003-01 レトロモビル/パリ)
............(01-2a)03-02-08P_024 1957 Ferrari 250TR Scaglietti.jpg

(01-2b)03-06-16) 1957 Ferrari 250TR(スクーデリア28号).jpg

(01-2c)03-06-17) 1957 Ferrari 250TR Scaglietti.jpg

(01-2d)03-02-08P_025 1957 Ferrari TR250  Scaglietti.jpg

                            (2007-06 グッドウッド/イギリス)
(01-2e)07-10-1391 (1957 Ferrari 250 Testa Rossa prototype).JPG

(01-2f)07-10-1392.JPG

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(01-2j)07-10-1398.JPG
シャシーNo.0704TRのこの車はプロトタイプの2号車で、ベースとなったのは「500TRC」といわれる。1957、58 年ルマン24時間に参戦したが何れもリタイアに終わった。1960年代から30年近く「フォード・ミュージアム」に展示されていた車で、ドアのヒンジが外に付くタイプだ。

(写真01-3Aa~d)1957 Ferrari 250GT Spider    (2010-07 グッドウッド/イギリス)
(01-3a)10-07-03_0666 1957 Ferrari 250 TR Spider Scaglietti.JPG

(01-3b)10-07-03_0669 1957 Ferrari 250 TR Spider Scaglietti.JPG

(01-3c)10-07-03_0672 1957 Ferrari 250 TR Spider Scaglietti.JPG

(01-3d)10-07-03_0667 1957 Ferrari 250 TR Spider Scaglietti.JPG
この車はファクトリーカーの証「右ハンドル」ではあるが、シャシーナンバーが不明なので確証はない。塗装はアメリカのレーシングカラーと思われるがその線からも手掛かりは得られなかった。


(02~05)<ワークス 58TR/59TR/60TR/330TR・LM>(1958~62)


(写真02-1a~d)1958 Ferrari 250TR/58TR Spider  (2000-06 グッドウッド/イギリス)
............(02-4a)(00-06-22P_064  1958 Ferrari TR58.jpg

(02-4b)(00-22-03) 1958 Ferrari 250 TR Spider.jpg

(02-4c)(00-22-02) 1958 Ferrari 250 TR Spider.jpg

(02-4d)(00-22-04) 1958 Ferrari 250 TR Spider.jpg
この車は「左ハンドル」なのでワークスカーかどうかは疑問だが、権威ある「グッドウッド」の表示が「250TR」ではなく,ワークスの「TR58」となっているので敢えてワークスに分類した。しかしシャシーNo.0738TRのヒストリーを追うと、ブラジルに売却され1964には一旦クーペボディに改装され、再度オリジナルに戻されているのでワークスカーではなさそうだ。

(写真03-1a~e) 1959 Ferrari 250TR/59 Spider  (1995-08 ラグナセカ/カリフォルニア)
(03-1)(95-06-17) 1959 Ferrari 250 TR59 Pininfarina Spider.jpg

(03-1a)(95-06-18) 1959 Ferrari 250 TR59 Pininfarina Spider.jpg

(03-1b)(95-06-19) 1959 Ferrari 250 TR59 Pininfarina Spider.jpg

(03-1c)(95-06-20) 1959 Ferrari 250 TR59 Pininfarina Spider.jpg

(03-1d)(95-06-21) 1959 Ferrari 250 TR59 Pininfarina Spider.jpg
1959年からはワークス・カーのデザインが「スカリエッティ」から「ピニンファリーナ」に代わり、ボディの製造は「ファントゥツイ」が担当した。この年から全輪ディスクブレーキとなり、ドラムブレーキの冷却効果を狙ったと言われるフロントフェンダーを切り欠いたポンツーン・スタイルは必要が無くなったので、高速時により直進性の良い普通のフェンダーに変わった。

(写真03-2abc) 1959 Ferrari 250 TR/59 Spider   (2004-08 ラグナセカ/カリフォルニア)
(03-2a)(04-58-02) 1959 Ferrari 250 TR-59.jpg

(03-2b)(04-58-03) 1959 Ferrari 250 TR-59.jpg

(03-2c)(04-58-05) 1959 Ferrari 250 TR-59.jpg
ゼッケン⑥番のこの車は前項の③番とほとんど変わらない。僅かに相違するのは③番は運転席の外にはバックミラーが無く室内は丸型なのに対して、⑥番の方は外側に丸型、室内は横長のバックミラーが付いているだけの違いだ。「TR59」の製造台数は2台といわれる。

(写真04-1a~e) 1959 Ferrari 250 TR 59/60 Spider (2004-08 ペブルビーチ/カリフォルニア)
(04-1a)(04-70-23) 1959 Ferrari TR59/60 Fantuzzi Spyder.jpg

(04-1b)(04-70-24) 1959 Ferrari TR59/60 Fantuzzi Spyder.jpg

(04-1c)(04-70-25) 1959 Ferrari TR59/60 Fantuzzi Spyder.jpg

(04-1d)(04-70-26) 1959 Ferrari TR59/60 Fantuzzi Spyder.jpg

(04-1e)10-07-04_0173 1959 Ferrari 250 TR59/60.JPG
1960年FIAはフロント・スクリーンの高さを最低25cm以上とする新しい規定を制定した。それに合わせて59年型に規定をクリアーする背の高いスクリーンを付けたのがこのタイプだ。シャシーNo.0774 TRのこの車は1960年のルマン24時間レースで優勝している。

(写真04-2a~d) 1960 Ferrari 250TRI/60 Spider    (2004-06 グッドウッド/イギリス)
(04-2a)(04-03-20) 1960 Ferrari TRI/60.jpg

(04-2b)(04-19-03) 1960 Ferrari TRI/60 (C/N0784).jpg

(04-2c)(04-03-24) 1960 Ferrari TRI/60.jpg

(04-2d)(04-03-25) 1960 Ferrari TRI/60.jpg
60年から新しく規制された背の高いスクリーンは残念ながらカバーに隠れて見えない。シャシーNo.0784のこの車は⑫番のナンバーでルマンに出場しているが、3時間目ガス欠でリタイアした。形式の後に付く記号の「I」は「インデペンデンス」(独立懸架)の略。

(写真05-1a~d) 1962 Ferrari 330 TRI/LM Spider   (2004-08 ペブルビーチ/カリフォルニア)
(05-1a)(04-68a-21) 1962 Ferrari 330 TRI/LM Fantuzzi Spyder*.jpg

(05-1b)(04-68a-22) 1962 Ferrari 330 TRI/LM Fantuzzi Spyder.jpg

(05-1c)(04-68a-23) 1962 Ferrari 330 TRI/LM Fantuzzi Spyder.jpg

(05-1d)(04-68a-24) 1962 Ferrari 330 TRI/LM Fahtuzzi Spyder.jpg
・1961年(250TR/61)は通称キティ・ノーズと呼ばれる2分割のグリルに大きく変身したが残念ながら写真を撮っていない。しかしその外見は翌年の「330TR/LM」(本稿)にそのまま受け継がれ、ボンネット先端の大きなエアインテークとヘッドラト下のパーキングライト?を除けばそっくり同じだ。
・1962年にはなぜ突然「250TR」から「330TR」に変わったかと言うと、この年から「スポーツカー世界選手権」が「GT」に変更され、フェラーリでは「250 GTO」で戦うことになり、「250TR」の出番が無くなってしまった。たまたまこの年から「ルマン」が「4リッタープロトタイプ・クラス」を新設したので、これに対応するため「400スーパーアメリカ」のエンジンをレース用にチューンして造られたのが「330TR/LM」だった。シャシーNo.0808のこの車は圧倒的に強く「フィル・ヒル/オリビエ・ジャンドビアン」組は2ラップ目からトップに立ちそのままフィニッシュして優勝した。「TR」系はルマンで4回優勝しており、今回の優勝はフロント・エンジンの車としては最後となった。

(06)<250TR 市販車> (1957-58)

(写真06-1a~d) 1957 Ferrari 250TR Spidr (1986-11 モンテミリア/神戸ポートアイランド広場)
(06-1a)86-08-13 1957 Ferrari 250 TR Spider.jpg

(06-1b)86-08-14 1957 Ferrari 250 TR Spider.jpg

(06-1c)86-08-16 1957 Ferrari 250 TR Spider.jpg

(06-1d)86-08-17 1957 Ferrari 250 TR Spider.jpg
シャシーNo,0714TRのこの車は市販車としては2台目(全体の4台目)と言う極初期に造られた車だ。1984年日本の「林コレクション」が購入し1995年からは「松田コレクション」に移った。多くの「TR」を見てきたが、僕が最初に見たのがこの車で、この時はまだ林コレクションの所有だった。

(写真06-2a~d) 1957 Ferrari 250 TR Spider     (2004-08 ラグナセカ/カリフォルニア)
(06-2a)(04-58-34) 1957 Ferrari 250 TR.jpg

(06-2b)(04-58-29) 1957 Ferrari 250 TR C/N:0718(ラグナ・セカ).jpg

(06-2c)(04-58-30) 1957 Ferrari 250 TR.jpg

(06-2d)(04-58-33) 1957 Ferrari 250TR.jpg
シャシーNo.0718TRのこの車も市販車としては4台目の1957年製初期モデルだ。1970年代にシルバーグレイに赤いストライプが入った現在の塗装に塗り替えられた。

(写真06-3ab) 1958 Ferrari 250TR Spider    (1995-08 ラグナセカ/カリフォルニア)
(06-3a)(95-07-15) 1958 Ferrari 250 TR Spide (C/N0722TR).jpg

(06-3b)(95-07-17) 1958 Ferrari 250 TR Spider.jpg
シャシーNo.0722TRのこの車は全体で8台目となり1958年に入ってから造られた。新車はキューバに売却されたが最初から塗装はイエローだった。1958年のルマン24時間レースに出走したが完走できず、その時のゼッケンが⑰番だった。

(写真06-4a~e) 1958 Ferrari 250TR Spider   (1999-08 ラグナセカ/カリフォルニア)
(06-4a)(99-38-30) 1058 Ferrari 250 TR Spider.jpg

(06-4b)(99-05-05) 1958 Ferrari 250 TR Spider.jpg

(06-4c)(99-38-36E) 1958 Ferrari 250 TR Spider.jpg

(06-4d)(99-05-02) 1958 Ferrari 250 TR Spider.jpg

(06-4e)(99-05-04) 1958 Ferrari 250 TR Spider.jpg
シャシーNo.0756TRは34台中23台目に造られた車で、最初からアメリカに送られて、ずっとそのままアメリカでレースを続けてきたが、ゼッケンの㊻番は変わらなかった。市販車がワークスと異なる最大の特徴は「左ハンドル」だった事だ。

(写真06-5abc) 1957 Ferrari 250TR Spider    (2001-05 ミッレミリア/サンマリノ)
(06-5a)(01-25-05) 1957 Ferrari 250 TR Spider.jpg

(06-5b)(01-25-07) 1957 Ferrari 250 TR Spider.jpg

(06-5c)(01-31-10) 1957 Ferrari 250 TR Scaglietti Spider.jpg
シャシーNo.不明。写真はミッレミリアでサンマリノのチェックポイントに向かう途中で、既にかなりの高さまで登ってきている。ここは180度のカーブで大型車は切り返さないと曲がれない難所だ。

(写真06-6ab) 1997 Ferrari 250 TR Spider     (2001-05 ミッレミリア/ブレシア)
(06-6a)(01-09-02) 1957 Ferrari 250 TR Spider (Replica).jpg

(06-6b)(01-08-36E) 1957 Ferrari 250 TR Spider (Replica).jpg
非常に状態の良いこの車はレプリカと言うことだが、ベースとなった車は何だろう。市販車は1957年から58年にかけ造られたが、外形に変化は見られないから57年でも58年でも構わない。場所は車検場の「ビットリア広場」から正面の郵便局の横を通って隣の「ロッジア広場」へ向かう裏道。(先行するのは1949 Stanguellini 1100 Coupe Motto)

(写真06-7abc) 1958 Ferrari 250TR Spider     (2004-08 ラグナセカ/カリフォルニア)
(06-7a)(04-73-30) 1958 Ferrari 250 TR.jpg

(06-7b)(04-73-31) 1958 Ferrari 250 TR.jpg

(06-7c)(04-73-32) 1958 Ferrari 250 TR.jpg
この車はプログラムにシャシーNo.の記載がなく不明。1958年製となっているがドア・ヒンジが外に付いているので初期の57年製ではないかとも思われるが確認できない。

(写真06-8abc) 1958 Ferrari 250TR Spider    (2004-08 ラグナセカ/カリフォルニア)
(06-8a)(04-55-34) 1958 Ferrari 250 TR.jpg

(06-8b)(04-55-35) 1958 Ferrari 250 TR.jpg

(06-8c)(04-55-33) 1958 Ferrari 250 TR(ラグナ・セカ).jpg
シャシーNo.0748TRのこの車は1958年製で、オーストリアに住む初代オーナーの下に送られ6月のニュルブルクリング1000kmに出走したがレース後のクールダウン中にクラッシュ大破してしまった。一旦モデナに送られたが、そこでは修理されることなくそのままアメリカに売却され、アメリカで修復作業が行われて元の姿に戻った。

(写真06-9ab) 1958 Ferrari 250TR Spider     (2004-08 ペブルビーチ/カリフォルニア)
(06-9a)(04-71-20) 1958 Ferrari 250TestRossa Scaglietti Spyder.jpg

(06-9b)(04-71-21).jpg
ナンバープレートが「TR60」となっているので、一瞬1960年製かと思ってしまうが、市販車の製造は58年まで、ワークスの「TR60」だったら「ポンツーン・フェンダー」ではなく「右ハンドル」の筈だ。案内板からも「1958」と読める。

  ― 次回は「250」系の最後、ミッドシップ・エンジンの「250LM」の予定です ―

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第107回 L項-8 「ロータス・1」(マーク1からタイプ14エリートと23エラン迄)

第106回 L項-7 「リンカーン・2」(米)

第105回 L項-6 「リンカーン・1」

第104回 L項-5 「ランチャ・2」

第103回 L項-4 「ランチャ・1」

第102回 L項-3 「ランボルギーニ」

第101回 L項-2 「ランチェスター」「ラサール」「リー・フランシス」「レオン・ボレー」「ラ・セード」「ロイト」「ロコモービル」「ローラ」「ロレーヌ・デートリッヒ」

第100回 L項-1  「ラゴンダ」

第99回 K項-1 「カイザー」「カイザー・ダーリン」「ケンワース」「キーフト」「ナイト」「コマツ」「コニリオ」「紅旗」「くろがね」

第98回 J項-5 「ジープ」「ジェンセン」「ジョウエット」「ジュリアン」

第97回 J項-4 「ジャガー・4」(大型サルーン、中型サルーン)

第96回 J項-3 「ジャガー・3」 (E-type、レーシング・モデル)

第95回 J項-2 「ジャガ-・2」(XK120、XK140、XK150、C-type、D-type、XKSS)

第94回 J項-1  「ジャガー・1」(スワロー・サイドカー、SS-1、SS-2、SS-90、SS-100)

第93回 I項-2 「イターラ」「イソ」「いすゞ」

第92回 I項-1 「インペリアル、イノチェンティ、インターメカニカ、インビクタ、イソッタ・フラスキーニ」

第91回 H項-8 「ホンダ・5(F1への挑戦)」

第90回 H項-7 「ホンダ・4(1300(空冷)、シビック(水冷)、NSX ほか)」

第89回  H項-6 「ホンダ・3(軽自動車N360、ライフ、バモス・ホンダ)」

第88回 H項-5 「ホンダ・2(T/Sシリーズ)」

第87回  H項-4 「ホンダ・1」

第86回 H項-3 「ホールデン」「ホープスター」「ホルヒ」「オチキス」「ハドソン」「ハンバー」

第85回 H項-2 日野自動車、イスパノ・スイザ

第84回 H項-1 「ハノマク」「ヒーレー」「ハインケル」「ヘンリーJ」「ヒルマン」

第83回 G項-2 「ゴールデン・アロー」「ゴリアト」「ゴルディーニ」「ゴードン・キーブル」「ゴッツイー」「グラハム」

第82回 G項-1 「GAZ」「ジャンニーニ」「ジルコ」「ジネッタ」「グラース」「GMC」「G.N.」

第81回 F項-25 Ferrari・12

第80回 F項-24 Ferrari・11 <340、342、375、290、246>

第79回  F項-23 Ferrari ・10<365/375/410/400SA/500SF>

第78回 F項-22 Ferrari・9 275/330シリーズ

第77回 F項-21 Ferrari・8<ミッドシップ・エンジン>

第76回 F項-20 Ferrari・7 <テスタ ロッサ>(500TR/335スポルト/250TR)

第75回 F項-19 Ferrari ・6<250GTカブリオレ/スパイダー/クーペ/ベルリネッタ>

第74回 F項-18 Ferrari・5<GTシリーズSWB,GTO>

第73回  F項-17 Ferrari・4

第72回 F項-16 Ferrari・3

第71回 F項-15 Ferrari・2

第70回 F項-14 Ferrari・1

第69回 F項-13 Fiat・6

第68回 F項-12 Fiat・5

第67回 F項-11 Fiat・4

第66回 F項-10 Fiat・3

第65回 F項-9 Fiat・2

第64回 F項-8 Fiat・1

第63回 F項-7 フォード・4(1946~63年)

第62回 F項-6 フォード・3

第61回 F項-5 フォード・2(A型・B型)

第60回 F項-4 フォード・1

第59回 F項-3(英国フォード)
モデルY、アングリア、エスコート、プリフェクト、
コルチナ、パイロット、コンサル、ゼファー、ゾディアック、
コンサル・クラシック、コルセア、コンサル・カプリ、

第58回  F項-2 フランクリン(米)、フレーザー(米)、フレーザー・ナッシュ(英)、フォード(仏)、フォード(独)

第57回 F項-1 ファセル(仏)、ファーガソン(英)、フライング・フェザー(日)、フジキャビン(日)、F/FⅡ(日)

第56回 E項-1 エドセル、エドワード、E.R.A、エルミニ、エセックス、エヴァ、エクスキャリバー

第55回  D項-8 デューセンバーグ・2

第54回 D項-7 デューセンバーグ・1

第53回  D項-6 デソート/ダッジ

第52回 D項-5 デ・トマゾ

第51回 D項-4 デイムラー(英)

第50回 D項-3 ダイムラー(ドイツ)

第49回  D項-2 DeDion-Bouton~Du Pont

第48回 D項-1 DAF~DeCoucy

第47回 C項-15 クライスラー/インペリアル(2)

第46回 C項-14 クライスラー/インペリアル

第45回 C項-13 「コルベット」

第44回 C項-12 「シボレー・2」(1950~) 

第43回 C項-11 「シボレー・1」(戦前~1940年代) 

第42回  C項-10 「コブラ」「コロンボ」「コメット」「コメート」「コンパウンド」「コンノート」「コンチネンタル」「クレイン・シンプレックス」「カニンガム」「カーチス]

第41回 C項-9 シトロエン(4) 2CVの後継車

第40回  C項-8シトロエン2CV

第39回  C項-7 シトロエン2 DS/ID SM 特殊車輛 トラック スポーツカー

第38回  C項-6 シトロエン 1 戦前/トラクションアバン (仏) 1919~

第37回 C項-5 「チシタリア」「クーパー」「コード」「クロスレー」

第36回 C項-4 カール・メッツ、ケーターハム他

第35回 C項-3 キャディラック(3)1958~69年 

第34回  C項-2 キャディラック(2)

第33回 C項-1 キャディラック(1)戦前

第32回  B項-13  ブガッティ(5)

第31回 B項-12 ブガッティ (4)

第30回  B項-11 ブガッティ(3) 

第29回 B項-10 ブガッティ(2) 速く走るために造られた車たち

第28回 B項-9 ブガッティ(1)

第27回 B項-8 ビュイック

第26回 B項-7  BMW(3) 戦後2  快進撃はじまる

第25回 B項-6 BMW(2) 戦後

第24回  B項-5   BMW(1) 戦前

第23回   B項-4(Bl~Bs)

第22回 B項-3 ベントレー(2)

第21回 B項-2 ベントレー(1)

第20回 B項-1 Baker Electric (米)

第19回  A項18 オースチン・ヒーレー(3)

第18回  A項・17 オースチン(2)

第17回 A項-16 オースチン(1)

第16回 戦後のアウトウニオン

第15回  アウディ・1

第14回 A項 <Ar-Av>

第13回  A項・12 アストンマーチン(3)

第12回 A項・11 アストンマーチン(2)

第11回  A項-10 アストン・マーチン(1)

第10回 A項・9 Al-As

第9回 アルファ・ロメオ モントリオール/ティーポ33

第8回 アルファ・ロメオとザガート

第7回 アルファ・ロメオ・4

第6回 アルファ・ロメオ・3

第5回 アルファ・ロメオ・2

第4回  A項・3 アルファ・ロメオ-1

第3回  A項・2(Ac-Al)

第2回  「A項・1 アバルト」(Ab-Ab)

第1回特別編 千葉市と千葉トヨペット主催:浅井貞彦写真展「60年代街角で見たクルマたち」開催によせて

執筆者プロフィール

1934年(昭和9年)静岡生まれ。1953年県立静岡高等学校卒業後、金融機関に勤務。中学2年生の時に写真に興味を持ち、自動車の写真を撮り始めて以来独学で研究を重ね、1952年ライカタイプの「キヤノンⅢ型」を手始めに、「コンタックスⅡa」、「アサヒペンタックスAP型」など機種は変わっても一眼レフを愛用し、自動車ひとすじに50年あまり撮影しつづけている。撮影技術だけでなく機材や暗室処理にも関心を持ち、1953年(昭和28年)1月には戦後初の国産カラーフィルム「さくら天然色フィルム」(リバーサル)による作品を残している。著書に約1万3000余コマのモノクロフィルムからまとめた『60年代 街角で見たクルマたち【ヨーロッパ編】』『同【アメリカ車編】』『同【日本車・珍車編】』『浅井貞彦写真集 ダットサン 歴代のモデルたちとその記録』(いずれも三樹書房)がある。

関連書籍
浅井貞彦写真集 ダットサン 歴代のモデルたちとその記録
60年代 街角で見たクルマたち【ヨーロッパ車編】
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