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第77回 新町暮らシックCarまちなか博物館
2018.12.27

 前回はトヨタ博物館主催の大規模なクラシックカー・フェスティバルを紹介したが、今回は筆者の地元である、千葉県佐倉市の「佐倉城下町商店会」主催の「新町{暮らシック}Carまちなか博物館」と称する楽しいイベントを紹介する。
 江戸時代の1843(天保14)年、長崎でオランダ医学を学んだ佐藤泰然が佐倉藩(藩主 堀田正睦〈まさよし〉)に招かれ、蘭医学塾「順天堂」を開設、多くの人が当時先進的であった西洋医学を学び、医療活動が行われ「西の長崎 東の佐倉」と言われる文化的な街でした。
 旧佐倉藩主堀田家11代当主・堀田正恒(まさつね)伯爵は大正時代に帝国海軍政務次官としてヨーロッパに出張した際、クルマとバラを持ち帰り、こよなく愛したという。
 佐倉ではこのイベントのほかに、サクラ・モータークラブ主催の「サクラ・オートヒストリーフォーラム」が毎年開催されており、クラシックカーとバラは城下町佐倉の文化となって継承されている。

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上の2点はポスターとプログラム。特徴は展示方法で、一カ所に集めるのではなく、参加車の何台かは街中にさりげなく配置される。今回は43台が参加した。

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「佐倉新町おはやし館」前には常連の1934年アルファロメオ6C2300。2309cc直列6気筒DOHC 107馬力エンジン+4速MTを積む。

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「佐倉新町おはやし館」正面には1954年ベントレー 'R'タイプ サルーン。'R'タイプの生産台数は2320台であった。

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これも「佐倉新町おはやし館」前にたたずむ1966年MG-B。

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民家の前に置かれた1954年MG TF-1500。脇にはさりげなく佐倉堀田邸のミステリーローズの鉢が置かれている。

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「大木屋 はきもの店」に横付けされた1974年アルファロメオ ジュリアスーパー1600。1570cc直列4気筒116馬力/5500rpmエンジン+5速MTを積み、最高速度175km/h。この個体は伊藤忠が正規輸入した右ハンドル車で、オーナーは3年かけてレストアしたという。

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「篠原印房」の前で男二人が真剣なまなざしで見つめているのは1988年シトロエン 2CV。

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「モーターパーク イシイ」の前には1973年バンデンプラ プリンセス1300が。

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「ローソン」の向かい側の広場にはノーチラス社の古川健一郎代表がコツコツと手作りしたロータス スーパーセブンのレプリカ。

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「ローソン」の駐車場で、1983年ニッサン スカイラインRSターボを囲んで、うんちくを傾けるオーナーと仲間たち。うしろの塀には「お静かにお願いします。」とある。

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メイン会場の一角を占領する、左から1967年ホンダLN360、1967年スバル360、1967年スバル サンバー、1987年マツダ サバンナRX-7。

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フォルクスワーゲン タイプⅡが3台。手前は1965年デラックス。正式な呼称はSondermodell(Special model type)。これは最上級グレードで大型のサンルーフ、ルーフウインドー、豪華なトリムを装備している。奥のタイプⅡは1967年と1966年。

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1954年フォルクスワーゲン タイプⅠ コンバーティブル。1954年にエンジン出力は25馬力から36馬力に強化されている。コンバーティブルのボディー架装はカルマン社が行う。このオーナーは複数のクルマを所有するが、カラーはすべて赤と黒にこだわるとのことであった。横に並ぶのは1967年ビートルと1988年BMW M6。

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見事に黄葉した銀杏の下に並ぶのは1984年ポルシェ911ターボ、1968年フォルクスワーゲン カルマンギア クーペ、1988年BMW M6。

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1961年メッサーシュミットKR200と後方には「集まれチビっ子! 椿じぃのオモシロリサイクル手作り人力CAR」と題した子供たちには最も魅力的なコーナー。

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メッサーシュミットKR200のカタログから。191cc空冷単気筒2サイクル10馬力/5250rpmエンジンを積み、最高速度100km/h!

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メイン会場の様子。1975年いすゞ117クーペ、1975年ニッサン スカイライン2000GTハードトップが並ぶ。

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招かれて三樹書房/グランプリ出版も出店していた。

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1925年ベントレー 3リッター ボートテール2シーターと1968年デイムラー ソブリン420。後方ではパレード車に同乗を希望する人たちの抽選が行われている。

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1925年ベントレー 3リッター ボートテール2シーター。ベントレー 3リッターは1921年から1929年まで生産されたが、1926年にエンジンのオイルパン形状と容量が変更されている。以下に1925年ベントレー 3リッターのカタログの一部を紹介する。

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上の3点はカタログの表紙とイントロ部分

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トランスミッション、リアアクスルとシャシー。

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スタンダードモデルのエンジン。2996cc(ボア×ストローク:80×149mm)直列4気筒4バルブSOHCに5ジェット スミス-ベントレー キャブレターが装着されている。

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スタンダードモデルのスペック表。スタンダードモデルはホイールベース10ft 10in(3302mm)のシャシーに架装された。シャシーの価格は895ポンド。右ページはスタンダード コーチワーク紹介の扉。

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ベントレー社内ではボディーの架装は行わなかったが、いくつかの標準ボディースタイルが用意されており、顧客からのカスタマイズの要望を加えた上で、ベントレー社から著名なコーチビルダーに発注された。架装の進捗状況の報告と、完成後にはベントレー社によって納車前テストが実施された。この写真はオープン ツーリングカーで価格は1225ポンドからとある。

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これもスタンダードモデルで、左はシングルクーペで価格は1350ポンドから、右はオールウエザー 2ドアサルーンで価格は1375ポンドからとある。

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これもスタンダードモデルで、左はフレキシブル サルーン(パーティションなし)で価格は1325ポンドから、右は4ドアサルーンで価格はパーティションなしが1395ポンドから、パーティション付きは1425ポンドからとある。

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これもスタンダードモデルのサルーン・ランドーレット(パーティション付き)で価格は1450ポンドから、ショーファードリブンモデルは1415ポンドからとある。右ページはスピードモデル紹介の扉。

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これはスピードモデルのシャシーとエンジン。速いクルマが欲しいというモータリストの要望に応えて、ベントレーにはスピードモデルが用意されていた。しかしこれはレーシングモデルではなく、速いが、運転しやすく、耐久性が確保されていた。エンジンは圧縮比を上げてツインSUキャブレターを装備し、クロースレシオのMTを積む。シャシーはスタンダードモデルより12.5in短い9ft 9½in(2984mm)のショートホイールベースとして、ハートフォード(Hartford)ショックアブソーバーとシングルサイレンサーを装備する。ファイナルギア比は4.23:1から3.78:1に高められている。スピードモデルのラジエーター上部にはベントレーのレッドバッジが付くことから、しばしばレッドラベルとも呼ばれる(スタンダードモデルにはブルーのバッジが付くことからブルーラベルと呼ばれる)。シャシーの価格は925ポンドであった。

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これはスピードモデルのスペック表と、ベントレー社が用意した標準デザインであるオープン ツーリングカー。左右ドアの位置はずれており、片方はドライバーシートの横に、そして反対側のドアはリアシート横に付く。ハンドブレーキレバーはボディーの外側に付く。ランニングボードに付くボックスはツールボックスと反対側にはバッテリーが収まる。このモデルの価格は1125ポンドから。

 3リッターモデルには100mph(161km/h)を保証した、ホイールベース9ft(2743mm)のスペシャル ショートシャシーモデルが特別注文で入手可能であった。スペックはスピードモデルとほぼ同じであったが、ファイナルギア比は3.53:1に高められていた。ただし発注から納車まで2~3カ月待たねばならなかった。価格は1年保証付きで1050ポンド。

 3リッターモデルの生産台数はスタンダードモデル:779台、スピードモデル:831台、スペシャル ショートシャシーモデル:14台、合計1624台であった。

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執筆者プロフィール

1937年(昭和12年)東京生まれ。1956年に富士精密機械工業入社、開発業務に従事。1967年、合併した日産自動車の実験部に移籍。1970年にATテストでデトロイト~西海岸をクルマで1往復約1万キロを走破し、往路はシカゴ~サンタモニカまで当時は現役だった「ルート66」3800㎞を走破。1972年に海外サービス部に移り、海外代理店のマネージメント指導やノックダウン車両のチューニングに携わる。1986年~97年の間、カルソニック(現カルソニック・カンセイ)の海外事業部に移籍、うち3年間シンガポールに駐在。現在はRJC(日本自動車研究者ジャーナリスト会議)および米国SAH(The Society of Automotive Historians, Inc.)のメンバー。1954年から世界の自動車カタログの蒐集を始め、日本屈指のコレクターとして名を馳せる。著書に『プリンス 日本の自動車史に偉大な足跡を残したメーカー』『三菱自動車 航空技術者たちが基礎を築いたメーカー』『ロータリーエンジン車 マツダを中心としたロータリーエンジン搭載モデルの系譜』(いずれも三樹書房)。そのほか、「モーターファン別冊すべてシリーズ」(三栄書房)などに多数寄稿。

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