(00) 1954 Fiat 8V (後期型)
< 8V > (オット・ヴー) (1952-54)
「フィアット」と言えば1930年代の「バリッラ」から戦後の「500」「600」に代表されるように、優れた小型車が真っ先に頭に浮かぶが、創成期の1900年代から1920年代にかけては10リッターを超えるモンスター・マシンでグランプリレースに挑んだり、「801」「805」「806」など数々の優れたレーシング・マシーを送り出していた。しかし戦後では本格的なスーパー・スポーツと言える車は唯一この「8V」だけだ。フィアット社は戦前の傑作車を戦後も造り続けていたから、真の戦後モデルと言える車は1950年発表された「1400」だった。1952年にはそれに1,9リッターエンジンを載せた高性能型「1900」が誕生した。この車のエンジンは直4、1901cc 60hp/4300rpmだったが、この車にもっと強力なエンジンをと、計画されたのが,後に「8V」に積まれることになるV8 OHV 1996cc 105hp/6000rpmのスペックを持つエンジンだった。しかしこのエンジンはコスト高で量産車向きではないことから制式採用は見送られ、宙に浮いたこのエンジンを使って造られたのがスーパー・スポーツ「8V」だった。製作の総指揮は「ダンテ・ジアコーサ」で、実際の設計はイソッタ・フラスキーニから移籍した「ルイジ・ラッピ」が行った。この開発には後年フィアットの傘下に入った「シアタ社」も深く関わっていたといわれる。製作に当たっては「1400」部品が多用され、114台造られた内34台はボディも社内で製造された。その他はイタリアの著名なカロセリア(コーチビルダー)「ザガート」「ギア」「ヴィニアーレ」などでスペシャル・ボディが架装された。フィアット製のボディは2種類あり、後期型は吊り上った四つ目で、俗に「チャイニーズ・アイ」と呼ばれるタイプだった。元々高性能だったエンジンはより高度なチューンが施され最終的には127hpで時速200キロが可能だった。ファクトリーチームとしては一度もレースに参加する事は無かったが、熱心な愛好家によって、1954年製造が中止された後も59年までの7年間イタリア国内の「2リッターGTクラス」でチャンピオンシップを守り続けた。余談だが、このエンジンはシアタ社に提供され「208 S」に搭載されている。
(写真52-1a~e)1952 Fiat 8V Berlinetta (2007-06-23 フェスティバル・オブ・スピード/グッドウッド)
「8V」は1952年ジュネーブ・ショーでデビューした。当初はボディ・デザインを「ピニンファリーナ」に依頼する予定だったが、最終的には自社内でボディまで造った。その証はフロントフェンダーに「FIAT Carrozzerie Speciali 」のバッジが付けられている。空力的にも優れたデザインはフィアットの航空機部門で風洞試験を行った結果だろう。デザインには「ルイジ・ラッピ」が関わっていたものと思われる。
(写真52-2abc)1952 Fiat 8V Berlinetta ....... ..........(1995-08 ペブルビーチ/カリフォルニア)
どれも同じように見えるフィアット製の初期「8V」だが、よく見ると細かい点が微妙に異なる。写真の車はバンパーが無く、ボンネット上のエアインテークは、前項の車よりずっと大きく口を開けている。グリル内のパターンは格子ではなく直線である。
(写真52-3a~d)1952 Fiat 8V Berlinetta (1999-08 コンコルソ・イタリアーナ/カリフォルニア)
正面から見た印象では、前項の車とよく似ているが、ラジエター・グリル内の縦の直線の中心部5本が外にはみ出している。(このアイデアは1100Sなどにも使われている)ヘッドライトからフェンダーにかけてのカーブにはエッジが付いている。
(写真52-4ab)1952 Fiat 8V Berlinetta (2001-05 ミッレミリア/ブレシア)
前項の車と同じモチーフのグリルパターンだが、縦のバーが全体に前にせり出している。パーキング・ランプの位置も下に移動している。いちばんの違いはボディ全体が丸みを持っていて何処にもエッジは見られないことだ。
(写真52-5ab)1952 Fiat 8V Berlinetta (1994-05 ミッレミリア/ブレシア)
この車のボディは最初に登場した車と全く同じだが、グリル周りは縦のバーが前にせり出した前項のものと同じものが付いている。後ろ姿はテールランプも全く同じだ。
(写真52-6ab)1952 Fiat 8V Zagato Berlinetta (2001-05 ミッレミリア/ブレシア)(2009-10 ラフェスタミッレミリア/明治神宮)
この車は有名なカロッセリア「ザガート」で造られた「8V」の1台で、2001年のミッレミリアで撮影したものだが、以前1992年には神宮絵画館前で開かれた第1回「ラフェスタ・ミッレミリア」に遙々(はるばる)イタリアから参加していた。標準型の楕円形のグリルに加えて、両端に四角い穴が追加された特徴のある個体だが、これとそっくりの車が2009年の国内イベントに参加していた。ナンバーでは確認出来なかったが、多分同じ車だろう。
(写真52-7ab)1955 Fiat 8V Zagato Berlinetta (2000-05 ミッレミリア/ブレシア)
この車が「ザガート」製の最もスタンダードなボディだろう。余計なものが一切付いていないし、曲線を生かした「ザガート」らしいデザインだ。ただこのシリーズには通常ボディサイドについている「Z」のバッジは、何処にも見当たらない。
(写真52-8ab)1952-54 Fiat 8V Zagato Berlinetta (1997-10 ラフェスタ・ミッレミリア/原宿)
この車は今から20年程前の1997年に国内で撮影したものだから、日本で最初の「8V」だろう。これも流れるような美しい曲線で構成されたオーソドックスな「ザガート」ボディを持っている。正面の「V8」マークは普通の車の場合はV8エンジン付きを表すマークだが、この車の場合は「モデル名」も兼ねている。
(写真52-9abc)1954 Fiat 8V Zagato Berlinetta (1997-05 ミッレミリア/ブレシア)
1954年型なので「8V」としては最後に近い時期に製造された車とおもわれる。全体に丸っこい感じの初期の「ザガート」に較べると、この車はより抑揚があり、むしろフィアット社製のオリジナル・ボディを忠実にコピーしたように思われる。もっとも特徴的なデザインは屋根に2つのコブをもつ「ダブル・バブル」でこれぞ「ザガート」だ。
(写真52-10a~d)1952 Fiat 8V Demon Rouge by Vignale (Michelotti) (1994-05 ミッレミリア/ブレシア)
「8V」としてはひときわ異色なスタイルを持つこの車は、「Demon Rouge」(赤い悪魔)と名付けられている。「ヴィニアーレ」製だがデザイナーは「ミケロッティ」で、後半分が面白いデザインだ。多分1台だけのスペシャルだろう。
(写真52-11abc)1954 Fiat 8V Vignale Coupe (1999-08 ペブルビーチ/カリフォルニア)
こちらは同じ「ヴィニアーレ」製だが、どちらかと言えば大人しいスタイルだから何台も造られたのかもしれないが「8V」の資料は少なく確認は出来なかった。この車の目立った特徴はル-フから繋がるテールフィンで、1950年代テールフィンが大流行したアメリカ車でさえ54年には殆ど目立っていなかった。このアイデアはイタリアの名監督「ロベルト・ロッセリーニ」が妻で女優の「イングリット・バーグマン」に贈るため「ピニンファリー」社に特注した1954年の「フェラーリ375MM」の為にデザインされたもので、のちにその車は「バーグマン・クーペ」と呼ばれた。僕は「バーグマン・クーペ」をペブルビーチで撮影したように記憶していたが見つからないので、同じモチーフの車を参考に添付した。
(参考)1955 Ferrari 250 Europa GT Pininnfarina Berlinetta Speciale
(写真53-1ab)1954 Fiat 8V Berlinetta (2003-02 レトロモビル/パリ)
「フィアット」社自製の「8V」は53年に時代を先取りする「四つ目」に変身した。後期型は顔つきが変わっただけでメカニズムには変化なく、エンジンの仕様は目的によってチューニングされたからこのモデルチェンジとは関係ない。
(写真53-2abc)1952 Fiat 8V Berlinetta (1997-05 ミッレミリア/ブレシア)
細かいライト類のアレンジ以外は前項の車とほとんど変わらない。場所は車検場となった「ヴィットリア広場」で、後方に見える横縞の入った郵便局のビルは、第1回のミッレミリアが開かれた1927年当時と全く変わっていない。
(写真53-3a~d) 1953-54 Fiat 8V Berlinetta (1995-08 コンコルソ・イタリアーナ /カリフォルニア)
この車の一寸尖ったテールランプの処理は同時代の「アストンマーチンDB2-MkⅡ」とそっくりでこの当時の代表的なものだ。前項の車に較べるとバンパーとリアホイールのスパッツが付いていない。このエンジンが名前の元になった「V8エンジン」だ。
(参考)1952 Siata 208S Spider (2001-05 ミッレミリア/ブレシア)
この車の心臓部にはフィアット製のV8 1996cc 106hp/6000rpm、と言う事は「8V」と同じエンジンが収まっている。
<タービン実験車・テュルビーナ>
1950年代にはガスタービンを自動車の動力として使うための試みが「ローバー」「GM」「ルノー」などの各社でテストされた。「フィアット」もその一つで、1948年開発に着手しエンジン自体は1953年には完成していた。原理は飛行機のジェットエンジンと同じようにタービンで空気を圧縮し、そこへ燃料を噴射して燃焼するもので、飛行機の場合は後方へ噴出する排気圧を推進力とするが、自動車の場合はこれと違いタービン軸の回転を動力とするから、高温、高圧の排気を如何に安全に処理するかが実用化に際しては最大の問題点となる。この車は実験車なので公道を走るために必要な熱交換器や消音機は装備しておらず、排気ガスはストレートで後ろに排出していた。タービンは毎分22,000回転以上で300馬力といわれ、1954年4月23 日、空港の滑走路を使って250km/hを記録している。
(写真54-1abc)1954 Fiat Turbina(タービン) Prototipo (2004-06 フェスティバル・オブ・スピード/グッドウッド)
後ろから見れば垂直尾翼を持ったジェット機だ。太い噴射孔から吹き出すジェット噴流だけでも時速200キロ位は出そうだ。
―次回は戦後の中型車「1400」から始まります―