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第72回 ダイハツブーン CILQ (シルク)
2016.5.28

ダイハツが開発を担当するダイハツブーン&トヨタパッソがフルモデルチェンジされた。新型コペン以降のダイハツの新型車にはそれまでのダイハツ車と一線を画するハンドリング特性がつくり込まれていると感じてきたが、新型ブーン&パッソも4月末に千葉で行われた試乗会でのコーナリング性能が印象に残り、今回あらためて「ダイハツブーンCILQ」を奥多摩湖往復コースで総合評価する機会を得たのでご報告したい。ダイハツは今後トヨタグループにおける軽自動車を含むコンパクトセグメントの開発センターとしての役割を果たすことになると思われるので、以下は「ダイハツを愛するが故の商品改善に対する率直な期待」ととらえていただければ幸いだ。

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ブーン&パッソを一言でいえば
新型ブーン&パッソは、ダイハツが「軽自動車で培ってきた技術」と、「得意としてきた生活密着型の商品開発」をフル活用することにより、競争が激化するスモールカー市場に対応する小型車として開発したモデルで、軽自動車で開発してきた「e : Sテクノロジー」(エンジン、CVT、ボディーなどの革新)を採用、取り回しの良さを維持しながら室内の広さや基本性能を向上したコンパクトファミリーカーだ。1リッター3気筒自然吸気エンジンはデュアルインジェクター、吸気ポートのデュアルポート化などとともに圧縮比は12.5とし、「ガソリンエンジン登録車No.1の燃費:28km/L」を達成したという。加えてプラットフォームを一から見直し、サイドアウターパネルの全面厚板ハイテン化や樹脂技術の採用などにより軽量化を実現、2WD車の車両重量は910kgに抑えられている。バリエーションとしてベースモデルのブーンに対してフロント周りのデザインを変更、内装もより上質感のあるグレードとしてCILQを位置づけた。価格的にはCILQの方が約20万円高い。

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内外装デザイン
このモデルの外観デザインはフロント周りを中心に二つの差別化が図られているが、トヨタ、ダイハツの差別化はないのが興味深い。ベースモデルのブーン&パッソは「合理的かつ存在感あるデザイン」、上級グレードのブーンCILQ&パッソMODAは「スマートかつ上質なデザイン」がテーマとのこと。ベースモデルは個性が十分とは言えないのが残念で、ブーンCILQ&パッソMODAは個人的にはちょっと可愛すぎるのが気になる。もう少しダイナミックで質感が高く個性のあるデザインを期待したいところだが、これらのスタイルがどのようにうけいれられるか、今後の市場の反応は興味深い。内装は「使いやすさと広々感の両立」がテーマで、それなりにそのいずれもが実現できているように思う。ただしベースモデルのメーター周りのデザインはCILQに比べて色気がとぼしくちょっとさみしい。

室内居住性
室内居住性はどうだろう?全長、全幅は従来のサイズを維持しつつホイールベースを50mm延長して2,490mmとし、前後乗員間距離を75mm拡大、私のドライビングポジションでは後席の膝前スペースは握りこぶしが縦に二つは優に入るこれまでのこのクラスのコンパクトカーには期待できない後席スペースを実現、ラゲージスペースも含めてファミリーカーとしては十分な室内居住性が確保されている。後席を倒した時に写真のように段差ができるのはちょっと残念だが実用上それほど問題はないだろう。シートは骨盤まわりの支持を改良、サイドサポートも向上した新構造シートというが、私にはクッション長がやや不足気味だ。ホールド感も含めてもう一段の改善を期待したい。

走り
1Lの自然吸気3気筒エンジンは最高出力こそ軽自動車と大差ない69馬力だが走りは実用上全く不足なく、市街地での一般的な走行、更には高速道路での走行時に全く力不足を感じなかった。またCVTのECUが坂道を走行中と判断した場合エンジンとCVTの制御が自動で坂道モードに切り替わることも貢献してか奥多摩の山間路でもダイナミックな走りが十分に楽しめた。車両重量が軽く抑えられていることも大きな要因のはずだ。

実用燃費
今回最も興味のあったポイントの一つが実用燃費だ。自宅を出て、環八~甲州街道経由調布ICで高速に乗り、圏央道日の出ICから奥多摩湖方面に入り、湖岸走行後奥多摩周遊道路を経由して秋川渓谷、あきる野IC経由圏央道、高井戸IC経由自宅に帰ったもので、山間部の走行を除いては燃費に不利な走行条件ではなかったが、この289kmの走行に対する満タン法での実用燃費は18.4km/Lとなった。この数値はおそらくe燃費とそれほどかい離したものではないと推定するし、週刊現代6月4日号の記事「主要100車種「実際の燃費」をすべて公開する」に掲載されているダイハツ軽自動車6車種の平均実用燃費(e燃費)17.0km/Lをかなり上回り、カタログ燃費(28.0 km/L)に対する達成率も66%と、ダイハツの軽自動車6車種の平均達成率60.6%よりは良好だ。ただし1.5Lエンジンを搭載し、走りの楽しさもブーンよりかなり上で、車両重量が約100kg重いマツダデミオ15MBの実用燃費(箱根往復18.7km/L、千葉往復21.8km/L)に比べると必ずしもほめられるレベルではない。(ちなみにデミオ15MBのカタログ燃費は19.2km/L、ただしハイオクガソリンが必要だが)

燃費騒動への一言
目下話題騒然の三菱、スズキの燃費問題に関連して一言私見を述べたい。今報道が過熱しているのはカタログ燃費値の測定方法、走行抵抗値の出し方などにあり、それらの違法性に関しては厳粛な対応が必要だが、一方でテレビ、新聞をはじめ報道機関がカタログ燃費の現実からのかい離にはほとんど言及していないのが何とも残念だ。JC08モードという燃費測定モードによるカタログ燃費に対する実用燃費の達成率がほとんどのクルマの場合60%~70%前後だからだ。(ただし週刊現代記事中のディーゼル車5台の達成率は86.2%とギャップが小さい)現実ばなれしたカタログ燃費を前提にエコカー減税などが行われていることの方がむしろ問題で、測定モードを実用燃費に近づけることが急務だ。その点からは2018年から導入される予定の世界共通のテストモード(WLTP)に期待したいところだが、日本の場合最高速度を130km/hにはせずにもっと低く抑えるようで、それでは折角の現実とのかい離の縮小にむしろブレーキがかかるのではないかと思う。

ステアリング・ハンドリング・乗り心地
4月末に千葉で行われ試乗会でこのモデルの動的特性、中でもワインディングロードにおけるハンドリングの良さが印象に残るとともに、今回の奥多摩の屈曲路でもいかんなくそのポテンシャルを発揮、この種のファミリーカーとしては十分に評価に値するレベルであることを確認した。一方で高速道路や一般路での直進走行時のステアリングセンター付近のあいまいさはどうしても気になった。ステアリングセンターフィールはクルマに乗ることの楽しさ、気持ち良さと密接に関係しているからだ。クラスは異なるものの、新型アウディA4の直進時のステアリングセンターフィールを是非とも範としてほしいところだ。

乗り心地に関しては、千葉における試乗時も50km/h以下のタイヤからの突き上げが気になり調べたところ、タイヤの空気圧の設定がF、Rとも冷間時250kpaと高めであることが分かったので、VW流の賢い2段空気圧設定方式(正規の空気圧指示に加えて一段低い空気圧も提示、その場合燃費は悪化することをオーナーズマニュアルに明記)を検討されてはいかがかとダイハツ関係者に申し上げたが、今回まず奥多摩往復は所定の空気圧で行ってみたところ、市街地の50km/h以下の走行や高速道路のエクスパンションジョイント(道路の継ぎ目)乗り越え時のタイヤからの突き上げが私の許容限度をかなり超えていたので、翌日冷間時220kpaに落として一般路&高速道路での乗り心地を評価したとことろかなりよくはなったが、まだ許容レベルには達していなかった。省エネタイヤ(ダンロップEnasave EC300)にも起因しているのではないだろうか。

振動・騒音
振動・騒音はどうだろう?3気筒エンジンの振動は走行中にはほとんど気にならず、前述のように動力性能も良好だが、改善を期待したいのはアイドルストップからの再始動時のモーターギヤーがかみ合う際のノイズだ。スズキのSエネチャージがあまりにも良すぎるのでそれとの比較をするつもりはないが、エンジン再始動時の騒音はもう一歩改善を期待したい。それ以上に気になったのがロードノイズだ。一般路、高速道の粗粒路走行時のタイヤからのノイズの侵入は半端ではなく、このクルマに乗ることの気持ち良さを大きくスポイルしている。

タイヤ種類の選択や空気圧などカタログ燃費改善のための対応と一般走行時の快適性、気持ち良さを天秤にかけるとき、後者の方がはるかにオーナーにとって大切であることを全てのメーカーの開発者は肝に銘じるべきだと思う。

操作系への注文
ブーン&パッソでもう一点指摘しておきたいのが各部の操作系の節度感、質感だ。例えばシフトレバーの操作の質感がお世辞も褒められない上に、DレンジとSレンジの操作力による差別が少なく、Dレンジに入れたつもりがSレンジに入っていたことが何度もあった。同様に節度感が不足しているのがウィンカーレバーだ。レーンチェンジ(3回のみの点滅)と方向指示の間に節度感が不足しているため、何回レバーを戻しただろうか。またブレーキの踏力と制動性のリニアリティーが十分とは言い難いことも指摘しておきたい。前述のステアリングオンセンターフィールも含むこれら一連の操作系は運転することの楽しさ、気持ち良さと大きく結びついているので、早急な改善を是非期待したい。


試乗車グレード ダイハツブーン CILQ "Gパッケージ SAⅡ"
・全長 3,650 mm
・全幅 1,665 mm
・全高 1,525mm
・ホイールベース 2,490mm
・車両重量 910kg
・エンジン 直列3気筒12バルブDOHC
・排気量 996 cc
・圧縮比 12.5
・最高出力 69ps(51kW)/6,000rpm
・最大トルク 9.4kgm(92N・m)/4,400rpm
・変速機 CVT
・フロントサスペンション マクファーソンストラット
・リアサスペンション トーションビーム
・タイヤ 165/65R14
・タンク容量 36 L
・JC08モード燃費 28.0km/L
・試乗車車両本体価格 1,657,800円(消費税込)
・試乗車価格 1,956,226円(消費税込)

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執筆者プロフィール

1941年(昭和16年)東京生まれ。東洋工業(現マツダ)入社後、8年間ロータリーエンジンの開発に携わる。1970年代は米国に駐在し、輸出を開始したロータリー車の技術課題の解決にあたる。帰国後は海外広報、RX-7担当主査として2代目RX-7の育成と3代目の開発を担当する傍らモータースポーツ業務を兼務し、1991年のルマン優勝を達成。その後、広報、デザイン部門統括を経て、北米マツダ デザイン・商品開発担当副社長を務める。退職後はモータージャーナリストに。共著に『マツダRX-7』『車評50』『車評 軽自動車編』、編者として『マツダ/ユーノスロードスター』、『ポルシェ911 空冷ナローボディーの時代 1963-1973』(いずれも三樹書房)では翻訳と監修を担当。そのほか寄稿多数。また2008年より三樹書房ホームページ上で「車評オンライン」を執筆。

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車評 軽自動車編
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