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第60回 新型スズキアルト
2015.5.27

国内市場における軽自動車の販売シェアーは1980年21%、1990年24%、2000年31%、2010年35%と拡大、今年は40%前後となりそうだ。中四国、九州などの16県における届出軽四比率は50%を超え、今や軽自動車は日本人の生活の上でなくてはならない存在だ。価格、維持費の安さなど懐への優しさに加えて、メーカーの切磋琢磨による技術革新や、新しい商品コンセプトへの挑戦も見逃せない。1月中旬幕張で新型アルトに試乗する機会を得たが、軽量化への思い切った挑戦が功を奏し、自然吸気エンジンでも十分満足のゆく走りが得られたことに驚いた。その後ターボRSにも箱根で試乗したが、今回はアルトX(自然吸気、副変速機付CVT)を広範囲な条件で試乗することができたのでそのご報告したい。

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アルトの歴史は1979年に遡り、今回が8代目で累計生産台数も483万台と、日本の軽自動車の発展を支えてきた1台だ。新型アルトはトールワゴンが主流となっている昨今、もう一度魅力的なベーシックな軽として息を吹き込みたいという思いに溢れたクルマで、試乗したアルトXは、細部に改善要望点はあるものの、シンプルでクリーンな内外装デザイン、思い切った軽量化、改善されたエンジン、トランスミッションなどよる「自然吸気で十分」と言える走り、コンパクトカーも真っ青な室内空間と立体駐車場対応も含む使い勝手の良さ、不満のない操縦安定性、優れた実用燃費、リーズナブルな価格など、大変魅力的なクルマに仕上がっていることを確認した。

商品コンセプト
新型アルトの商品コンセプトは「うれしい低燃費、楽しい走り、新しいデザインへの挑戦」だが、最軽量モデルの車両重量を610kgにおさえた軽量化への挑戦を高く評価したい。ワゴンRが780から870kg、ハスラーが750から860kgという重量幅に比べて、トールワゴンでないこともあるが、新型アルトは610から700kgにおさまっており、このことが改良されたエンジンや減速比も含めて低燃費と楽しい走りを実現する最大の要因になっているはずだ。

またクラストップの室内長にも起因し、室内居住性、中でも後席スペースは多くのコンパクトカーの及ぶところではなく、日常の生活に全く不足のない実用性を備えている。シンプル&クリーンで、既存の軽とは一線を画する内外装デザインも含めて、魅力的なベーシックカーの再来といえよう。

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内外装デザイン
デザインで目指したのは「美しい普通」、デザインテーマが「クオリティー×プロポーション」だ。一切奇をてらってはいないが、均整のとれたプロポーションと細部の造形により、既存の軽とは一線を画した外観スタイルがつくりこまれている。フロントの顔周りはもう少し違うアプローチがあっても良いと思うし、低い位置にあるテールランプには賛否両論もあろうが、ボディーサイドは軽自動車の中では最も彫の深い造形で、総じてなかなか魅力的な外観スタイルに仕上がっている。

内装もシンプル&クリーンで、横方向に広く見え、好感のもてるデザインだし、メーターやコントロール系の視認性もいい。加えてそれなりの質感も作りこまれている。シートの形状、着座感、ホールド性も悪くない。


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パッケージングと使い勝手
大半のコンパクトカーが足元にも及ばない後席周りのスペースだが、当初危惧したのは、シートバックが2分割出来ないことだった。なぜならこの種のクルマでベビーシートを後席に取り付けるケースは少なくないからだ。今回小型のベビーカーならシートバックを倒さずともラッゲージエリアに積載できること、更には後席前には潤沢なスペースがあり、赤ちゃんを後席に乗せても、広いスペースが活用できることが確認できた。また知人から譲ってもらい、日常頻度高く使用しているクラシックな小型折り畳み自転車を、写真のように折りたたまずに積載できることも分かった。ただし、上級グレードでも後席の分割可倒ができないという割り切りは、市場を限定するひとつの要因になることは間違いなく、今後の商品改善項目に是非入れてほしい。

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走る・曲がる・止まると、実測燃費
コンセプトの一つが「楽しい走り」だけに、走る・曲がる・止まる、の領域はよくできている。思い切った軽量化と、改善されたエンジンに起因し、低速化された減速比にもかかわらず、市街地はもちろん、高速道路上でもこれまでの自然吸気エンジン搭載軽自動車では味わったことのない活発な走りを示してくれた。

骨格部を大幅に見直したアンダーボディー、高張力鋼鈑の採用を大幅に拡大したボディーにより旧型アルト比、曲げ剛性、ねじり剛性をそれぞれ30%向上しつつ、エンジン、足回りの軽量化も含めて旧型比60kgの軽量化を実現したことの意義は大きい。曲げ剛性、ねじり剛性の向上に起因してかハンドリングもなかなかいい。ただしステアリングセンターのあいまいさはもう少し改善してほしい。

試乗会ではAGS(オートギヤシフト:MTをベースにクラッチ、シフト操作を自動で行う新開発トランスミッション)搭載車にも試乗、欧州車のエントリーレベルにみられる同種の変速機よりはるかにシフトショックが少ないことに感心したが、燃費への貢献はCVTの方が上なのだろう、自然吸気モデルの上級グレードにはAGSは搭載されずに、アルトターボRSに標準装備されたことは興味深い。

37km/Lをうたう新型アルトの実測燃費はどうだろう? 今回第3京浜を活用した2回の横浜方面へのドライブ(高速+市街地計188km)における実測燃費(満タン法)は19.2km/Lとスズキハスラーでのほぼ同条件での燃費値17.4km/Lよりは向上している。ちなみに車載メーターによる区間燃費は、高速道路走行時が25から30km/L、市街地走行時が15から20km/Lといったところで、カタログ値とのかい離がかなり大きいのは残念だ。

振動・騒音、乗り心地
試乗車を借り出して走り始めた途端に「あれ?」と思うほどタイヤからの突き上げを感じたが、初日の横浜往復は受領時の空気圧のままで行い(前後とも約250kPa)、翌日は200kPaに落として試乗したが、165/55R15のブリヂストンエコピアや、ダンパー特性などに起因してか40から50km/h以下の凹凸路の乗り心地の悪さはほとんど変わらず、助手席に乗せた、クルマには全くの素人の家内が、走り始めるなり「どうしてこんなに乗り心地が悪いの?」とコメントしたことからもご理解いただけよう。60km/h以上の速度ではほとんど気にならないが、住宅地や市街地の凹凸路での乗り心地は非常に重要であり、早急な改善を期待したい。粗粒路走行時のロードノイズも要改善項目だ。また13km/h以下でアイドルストップすることも含めてエンジン再始動の頻度は高く、グレードを限定してでもS-エネチャージを搭載してほしい。なにしろS-エネチャージによるエンジン始動性は世界に誇れるものである上に、燃費も一段とよくなるからだ。

バリューフォーマネー
要改善項目はあるものの、トータルとして大変魅力的なクルマに仕上がっているが、最廉価バージョンは税込みで70万円を切り、最も高価な4WDでも125万円に満たず、新型アルトのバリューフォーマネーは非常に高い。今回試乗したXというグレードは2WDの最高グレードだが、113万円だ。新型アルトは軽市場に魅力的なベーシック軽として再び息を吹き込むことが期待できそうだ。

スズキアルトXの+と-
+シンプルでクリーンな内外装デザイン
+自然吸気でありながら文句のない動力性能とそれなりに良好な燃費
+コンパクトカーも真っ青な室内居住性
+バリューフォーマネー
-低速時の乗り心地
-分割可倒できない後席シートバック
-ロードノイズ


試乗車グレード X
・全長 3,395mm
・全幅 1,475mm
・全高 1,500mm
・ホイールベース 2,460mm
・車両重量 650kg
・エンジン 直列3気筒DOHC12バルブ吸排気VVT
・排気量 658cc
・圧縮比 11.5
・エンジン最高出力 52ps(38kW)/6,500rpm
・エンジン最大トルク 6.4kgm(63N・m)/4,000rpm
・駆動方式/変速機 2WD/CVT
・タイヤ 165/55R15
・燃料消費率 JC08モード燃費 37.0km/L
・試乗車車両本体価格 1,134,000円(消費税込)

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執筆者プロフィール

1941年(昭和16年)東京生まれ。東洋工業(現マツダ)入社後、8年間ロータリーエンジンの開発に携わる。1970年代は米国に駐在し、輸出を開始したロータリー車の技術課題の解決にあたる。帰国後は海外広報、RX-7担当主査として2代目RX-7の育成と3代目の開発を担当する傍らモータースポーツ業務を兼務し、1991年のルマン優勝を達成。その後、広報、デザイン部門統括を経て、北米マツダ デザイン・商品開発担当副社長を務める。退職後はモータージャーナリストに。共著に『マツダRX-7』『車評50』『車評 軽自動車編』、編者として『マツダ/ユーノスロードスター』、『ポルシェ911 空冷ナローボディーの時代 1963-1973』(いずれも三樹書房)では翻訳と監修を担当。そのほか寄稿多数。また2008年より三樹書房ホームページ上で「車評オンライン」を執筆。

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車評 軽自動車編
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