三樹書房
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第7回  アイデンティティ
2013.5.27

1.はじめに
 自社の車種に共通の顔を持たせることはヨーロッパでは古くから行われている。メルセデス・ベンツやBMW、アルファロメオなどはその典型的な例である。車に詳しくなくてもメルセデス・ベンツを知っている人は多い。それは時代が変わっても常にイメージが共通の顔とスリーポインティッドスターを付けているからだ。人は次第にその顔を覚え、次にはそのブランドが性能や品質、信頼性において一流であり、高価であることを知り、そのステイタスを知ることになる。
 メルセデス・ベンツやBMWなどには一貫したブランドアイデンティティがある。その名前から大多数の人が抱く共通の総合的なイメージ、それがブランドアイデンティティだ。企業は安定した発展のためにプラスイメージのブランドアイデンティティの確立に努力を怠らない。そのキーとなるのは「顧客のこころ」をつかむ商品とサービスであり、他との「差異化」を行い、自社の「存在価値」を顧客に伝える必要がある。
 ブランドアイデンティティの中で、スタイル面での差異化の行われ方は大きく二つに分類される。ひとつは時代を超えてそのブランドに共通のアイデンティティを付与するもので、典型例はメルセデス・ベンツやBMW、アルファロメオなどだ。もうひとつはあるスパンでアイデンティティを変えていくもので、プジョー、シトロエン、ルノー、フォード、オペル、VWなどが該当する。ここでは前者を主体に取り上げる。

2.車両全体がアイデンティティ
 遠くからでも一見してそのクルマが何だかわかる、そういった車種だ。それは永年基本デザインを変えずに造り続けたことで認知されている場合と、一時期大ヒットしたり、大いに注目を浴びたりしたことで認知されている場合とがある。

2-①ポルシェ
 ポルシェといえばフロントグリル(以下グリル)のない、フードが前方へ低くスラントしたボディのクーペ"911"を思い浮かべるほどその形はポルシェのアイデンティティとなっている。ポルシェは911のほかにもミッドシップエンジンの914/916、フロントエンジンの928、924/944なども出したがいずれも世代交代を重ねることもなく消えてしまい911に比べると印象がうすい。
 911のルーツは1948年に発売された356で、それはフロントフェンダーの前部にフェンダー形状に合わせてスラントして付けられたヘッドランプと、リア置き空冷エンジンだからできたグリルのない低いフロントボディ、そしてファストバックスタイルのクーペボディを特徴としていた。これらはすべて今日の911まで踏襲されている。356は、その発表から15年後の1963年に全面的な設計変更が行われて901として生まれ変わった。901は現在の911に続くリアエンジンポルシェのスタイリング面での基本となったモデルだ。なお901というモデル名は、以前から0を真中にはさむ数字を車名として商標登録していたプジョーからのクレームで1965年の発売時には911に変更された。リアエンジンポルシェは全体のスタイルでアイデンティティをキープしている最長命のモデルだ。

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2-②ジャガー
 ジャガーの現在のラインアップはセダンがXJとXF、GTがXK、スポーツがXFの4車種だ。セダンは、1968年に登場したXJ6を基礎とし、3代目まではそのアイデンティティが継承されたが、2008年の4代目からはエッセンスだけを採り入れてまったく新しい顔に見えるデザインとなった。エッセンスとはフロントグリルの開口部輪郭と丸型4灯ヘッドランプである。セダンのプロフィールはメーカーを問わず潮流となっているクーペ化が図られ、新しい顔と合わせて新鮮なスタイルとなり、古臭さを全く感じさせなくなった。
 XJシリーズについて振り返ってみると、そのスタイルの特徴は1950年代のMk Ⅶ セダンあたりがスタートと思われるが、現在のXJシリーズに直接的なつながりを持つのは1968年に登場したXJ6だ。独立した4灯式ヘッドランプとセンターグリル、セダンにしては低めの車高などを特徴とした。

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 XFのほうだが、まずその先代のSタイプについて説明する。Sタイプは、長らくのブランクを経て1999年に、1960年代に高性能セダンとして名を馳せたマークⅡのスタイルを現代風にリメークして復活した。最初のSタイプは、1956年に登場したMkⅠセダンの発展型MkⅡ(1959年登場)の高性能上級モデルとして1963年に発表された。したがって2代目のSタイプは30数年のブランクを経てリバイバルしたモデルで、このように過去に人気を博したモデルをスタイルも名前も同じによみがえらせるケースは近年ほかにも見られる。これはブランドイメージが販売促進に効果をもたらすことの現れといえる。
 Sタイプの特徴は全体に丸っこいボディのフロントに縦長の楕円グリルと、内側のランプが外側のランプより小さくそして低い位置に置かれた全体に寄り目の4灯式ヘッドランプだ。2008年にSタイプとバトンタッチしたXFは、基本的なデザインは前述のXJと共通で、ジャガーセダンのファミリールック だが、実はデビューしたのはXFの方が1年早かった。

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 光岡自動車が2代目ニッサン・マーチの前後をジャガーMkⅡに似せて作ったのがビュートだ。人気のあった車種はよくレプリカが作られるものだがその一例だ。ビュートはベースのマーチがモデルチェンジした2003年にいったん生産を終了したが、なんとその生産期間は10年にも及んだ。その後2005年に3代目のマーチをベースにした2代目、2012年に4代目マーチをベースにした3代目が登場している。
 ジャガーの最新モデルFタイプは1961年に衝撃的デビューを飾ったEタイプの再来といえるスポーツカーだが、その顔はセダン系と共通のイメージを持たせたものだ。仲間はずれになっている1996年に登場したGTのXKが次の切り替えで新しいジャガーの顔になるのかどうか興味が持たれる。

2-③レクサスLS 
 5月15日付け中日新聞朝刊の経済欄に、日産が栃木で新型セダンを生産開始したことが報じられた。「インフィニティ Q50」だ。同車はすでに1月のデトロイトショーで披露されたものだが、インフィニティG37の後継モデルであり、日本ではニッサン・スカイラインの新型である。興味をひかれるのはフロントスタイル。グリルは、インフィニティと同じプレミアムブランドのレクサスが"スピンドルグリル"と称しているデザインに似ている。
 レクサスは2012年1月に4代目となったGSを皮切りに、他モデルもモデルチェンジやマイナーチェンジの折にスピンドルグリルを採用し、残すはGX(トヨタランドクルーザープラドの姉妹車)を残すのみだ。レクサスはスピンドルグリルを外観でも宣伝でも殊更アピールしていることから、世間ではスピンドルグリル=レクサスという印象を持たれている観がある。しかし、実は、スピンドルのモチーフを先に使い、展開し始めていたのはほかでもないインフィニティだ。2010年3月 M30系(セダン)から始まり、2011年3月エセレア(4ドアクーペコンセプト、ジュネーブショー)、2011年8月FX35/50(SUV)、2011年8月JX(SUVコンセプト、ぺブルビーチコンクールデレガンス、2012年3月発売)、そして前述のQ50、と展開してきている。M30系は控えめだったが、次第にスピンドルシェイプが強調されてきている。
 そんな状況下、今年2月にトヨタから興味深い声明が出された。ウエブマガジン「SankeiBiz」2013.2.22 08:15配信のレポートから該当箇所を引用する。
 『トヨタ自動車は、高級車ブランド「レクサス」シリーズで採用したフロント部分に2つの台形を組み合わせた形の「スピンドルグリル」について、次期モデルは、この形状に固執しない開発を進めていることを明らかにした。幅広い選択肢の中からデザイン改革をさらに進めていく狙いだ。』

 以下の【 】内は2002年にトヨタ博物館紀要に書いた原稿である。
【レクサスはプレミアムブランドとして1989年からアメリカで導入され、短期間に成功をおさめて注目された。ヨーロッパではアメリカと様子が異なり、前途の明るいスタートとは言えなかった。レクサスブランドの最初の車種は性能と品質においてそのクラスの競合車を凌駕すべく万全を期して開発されたLS400だった。アメリカではLSの出来映えは高く評価され、それに加えて考えられ得る以上のCS(顧客満足)プログラムを展開したことが効を奏した。しかし、ヨーロッパでの評価は、「車の出来はいい、しかしイメージがない」というものだった。高級車ブランドとしての歴史とアイデンティティがないというのだ。歴史は時が経つのを待つしかないが、スタイリングについては個性がないと評された。メルセデス・ベンツとBMWが代表ブランドであるヨーロッパの高級車市場では一目でそれとわかる個性が求められているようだ。ただ、レクサスはドイツ車と違い、あえて威圧感を与えないスタイルを採用したという。アメリカは国が新しい分ヨーロッパのように伝統や歴史にこだわることがなく、よいものはストレートに受け入れるというオープンなところがあり、それゆえにレクサスは成功したのだ。しかし、高級車ブランドとして高いロイヤルティを維持するためには、一見してブランドのわかるアイデンティティを確立し、それを続けていく必要がある。現在のLSは4代目になり初代のイメージをキープしているものの際立った個性がないため"LS像"は思い浮かびにくいのではなかろうか。】

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 そして周知の通り、LSは2012年秋に大がかりなフェイスリフトを受けてスピンドルグリルを与えられ、やっとレクサス共通の顔ができた。しかし、そのわずか4カ月後、次期レクサスはスピンドルグリルに固執しないとわざわざアナウンスされた。【 】内に書いたが、プレミアムブランドには別格の性能や品質、サービスだけではなく、イメージも必要なのである。そのイメージの要が"サステイナブル(持続可能)"なアイデンティティなのではなかろうか。

3.グリルでアイデンティティを持たせている車種
 ブランドのアイデンティティを表現するもっとも一般的なものがグリルのデザインで、とくにヨーロッパのメーカーに独自のものを採用している例が多い。それは大きく3つに分類される。①グリル全体のデザイン、②グリル開口部のデザイン、③グリルパターンのデザイン、の3つだ。

3-①グリル全体のデザイン
(1)メルセデス・ベンツ(ドイツ)
 グリルでその車種がわかるもっとも代表的な例のひとつがメルセデス・ベンツで、セダン系のグリルはラジエーター形と呼ぶことができよう。メルセデス・ベンツのグリルデザインの原型は、1910年ごろから採用され始めたV字形ラジエーターといえる。それは上から見て、ラジエーターの中央を先端にして後方にV字形に折れたものだ。それと基本デザインが同じラジエーターは第二次大戦前まで使われた。そしてそれが一見ラジエーターに見えるグリルになったのは第二次大戦後のことだ。初めはいかにもラジエーターを想わせるほどボディから突き出ていたが、時代が経つにつれその厚みが減っていき、1991年にモデルチェンジしたSクラスからついにボディパネルと同一面の平面グリルになった。

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 今世紀初頭までメルセデス・ベンツのスポーツ系モデルはセダンと異なるグリルを採用していた。そのオリジナルは1954年に登場した300SLで横長開口部の中央にグリル高さいっぱいのスリーポインティッドスターを置き、その左右にグリル両端までクロームメッキのバーが走る。そのデザインは1989年に、10年近いブランクを置いて登場した4代目のSLから変更され、中央の大きなスリーポインティッドスターの左右は横桟のグリルになった。しかし、5代目の後期型から横バーが一本のデザインに戻されている。これはセダン系との差異化のためと思われる。

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 それまで威圧感さえ与えるような顔をしていたメルセデス・ベンツだが、業界の動向に反し、1995年にモデルチェンジしたEクラスからグリルが相対的に小さくなり、一目でそれとわからなくなった。また、1997年に新規車種として追加されたAクラスには、セダン系と以前のスポーティ系のグリルをミックスしたようなデザインを採用し、それをクーペモデルやSUVに展開しており、最近では"クーペグリル"と呼ばれている。そのクーペグリルが、2007年に登場したセダンのCクラスのアバンギャルドモデルに採用され、メルセデス・ベンツの顔の再構築が始まった。

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 そしてこの5月にEクラスのマイナーチェンジと次期Sクラスの発表があり、当面の"ベンツマスク"が出揃った。マイナーチェンジを受けたEクラスのグリルはCクラス同様、従来スポーツモデルのSL系に使われていたものに通じる、横長の開口部の中央に大きなスリーポインティッドスターを配したものだ。スポーティな顔を採用したのは、従来弱かった30代から40代ユーザーを開拓する目的もあったという。そして次期Sクラスはラジエーター型グリルを踏襲しているだけでなく、その面積を広げ、しかもボディ一般面から突き出させて"ラジエーター"的に見せている。3~5代目のグリルは平面的でサイズ的にも控えめな印象だったが、6代目は威圧感を与えるものに変わった。なお、これでラジエーター型グリルはSクラスだけになる。

(2)BMW(ドイツ)
 高級車マーケットでメルセデス・ベンツと販売を競っているBMWは"キドニー"グリルでますますブランドアイデンティティを押し出している。キドニー(kidney)とは腎臓のことで、キドニーグリルの原型は、BMWが1933年に出した初のオリジナルモデル303のグリルで、それは縦長の楕円を左右に並べたデザインだった。その後今日までBMW車にはキドニーの形を変えながらも常にキドニータイプグリルが着けられている。

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 BMWは1966年にグラース(ドイツ)を吸収したとき、当時グラースが生産していた1300GTというクーペに1600ccエンジンを載せ、グリル中央のグラースのシンボルマークであった大きなGのロゴをキドニーグリルに換えてBMW1600GTとして翌年から販売した。
 
(3)ロールスロイス(イギリス)
 ロールスロイスはボンネット先端に翼を広げて立つフライングレディことスピリットオブエクスタシーが有名で、それは1910年から現在にいたるまでロールスロイスのシンボルとして使われている。しかし、ロールスロイスを一見してそれとわからせるのはパルテノン神殿をイメージしてデザインされたというグリルだ。その原型を1904年にロイスが最初に製作した10HP型のラジエーターに見ることができる。それは四角形のラジエーターの上に三角形のアッパータンクを載せたもので全体のイメージはすでにパルテノン神殿だった。グリルを兼ねたシャッターが初めて付いたのは22HP(1922登場)で、シャッターのルーバーが横タイプのものが見られたが、1925年に登場した40/50HPファントム以降は縦タイプになった。時代とともに車高が低くなるのに合わせてグリルの縦横比は変わっていったが、今でも変わらないのは常にそれは平面で垂直を保ち、グリルのエッジがシャープなことだ。

 "ザ・ベスト・カー・イン・ザ・ワールド"をスローガンとし、別格のステイタスを持っていたロールスロイスも経営難から、1998年からそのブランド名とロゴをBMWが所有するところとなった。BMWの技術になる新生ロールスロイスは2003年にデビューし、一目でそれとわかるグリルをつけている。

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(3)アルファロメオ(イタリア)
 アルファロメオはメルセデスベンツおよびBMWと並んで一目でそれとわかる特徴のあるグリルを持つ。それは一般に中央部の形状から盾形グリルと呼ばれている。アルファロメオは1910年に設立された会社で、戦前にはモータースポーツで輝かしい戦績を残した。戦後のアルファロメオのトレードマークとなる盾形グリルは、1930年代後半ごろから一部モデルに採用され始めた。それは従来独立していたフェンダーがボディに一体化して、戦後型ボディへ移行する過程で出てきたものだった。盾部はさまざまにデザインを変えながら常にアルファロメオのトレードマークとして使われ、極端な例ではフロントにラジエーターを持たないレーシングカーにまで付けられた。1960年代後半から盾部がさほど強調されないグリルデザインになっていたが、1997年に発売された156から盾部を強調したグリルデザインを採用し始めており、2001年1月に登場した147では1950年代のアルファロメオを想わせるほどのものになった。
 ニッサンとのコラボレーションで1980年代の一時期生産されたアルナは、グリル中央にアルファロメオのシンボルマークの盾を付けたニッサン・パルサーだった。

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3-②グリル開口部のデザイン
 これはさらに3つに分けられる。一開口(分割されていない)タイプ、 二分割タイプ、そして三分割タイプである。ここでは一開口の例を紹介する。

(1) アストンマーチン(イギリス)
 戦後のアストンマーチンのグリル開口部は必ず凸形にデザインされている。その原型は1948年にデビューしたDB1のグリルで、それは中央の大きなグリルとその両側の小さなグリルを組み合わせたものだったが、じきに一体化されて凸形の開口部になった。凸形の突出部は初め目立って高かったがDB2/4 MkⅢ(1957)から低くなった。現在では名残程度に表現されているだけとはいえアストンマーチンであることを主張している。

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(2) ブガッティ(フランス/ドイツ)
 ブガッティは1920年代に高性能レーシングカーを量産し、レースで華々しい活躍をしたことで有名だが、そのトレードマークは"馬蹄形"ラジエーターだった。その原型のイメージを1911年のタイプ13に見ることができる。ブガッティを世に送り出したエットーレ・ブガッティは芸術家の血筋で自動車にも美を求めたことで知られている。馬蹄形のラジエーターが類似のグリルに変わったのは1930年代半ばだった。
 1998年にブガッティの商標権を得たVWは2001年に同社の企画・デザイン・設計になるブガッティEB18/4 VEYRON を2003年から発売すると発表した。開発の過程でエンジンは16気筒に変更され、発売は2005年末まで遅れた。そのフロントにはブガッティのアイデンティティである馬蹄形グリルが付く。

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3-③グリルのパターン
 ブランドの特徴として使われているグリルパターンの代表は金網タイプ(ベントレー、ジャガー)、格子タイプ(キャデラック、フェラーリ)、スロットタイプ(ジープ)の3種類だ。

(1)キャデラック(アメリカ)
 1902年創立のキャデラックは1909年にGMの傘下に入り、その後一貫して高級車部門としての役割を担っている。キャデラックを他と分けている外観上の特徴は"エッグクレイト(卵かご)グリル"と呼ばれる井桁格子グリルだ。それは1935年モデルの一部に初めて見られたが、連続的に使われるスタートとなったのは1941年型60スペシャルで、格子は初め細かいものだった。格子は次第に粗くなり、1949年型からは桟が太くて格子とは呼びがたいほどの粗さになった。そして1954年型からまた細かい格子にもどり、それ以降は格子とわかるデザインのグリルが使われている。
 2001年に発表したCTSというモデルからキャデラックの新しい共通スタイルが展開され始めた。それは、昨今全般に丸み基調のスタイルが多い中、シャープな線やエッジを効かせたもので、肝心のグリルは底辺をV字形にした五角形の囲みに、横桟が翼形の格子をはめたものだった。それは2002年5月に発表・発売されたトヨタアルファードVタイプのフロントグリルによく似ていた。その後、翼形の横桟は一般的な桟に戻され、見慣れた格子グリルとなっている。キャデラックは格子の目の粗さを外観変更によく使っており、2013年型は粗いパターンだ。

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(2)フェラーリ
 現在モータースポーツの最高峰F1でトップ争いを繰り広げているフェラーリは、一部の例外はあるが、グリルを付ける場合は伝統的に端正な格子形グリルを使っている。ロードモデル1号の166インター(1948年に受注生産開始)では一部だったが、1952年に関係が始まったピニンファリナによるモデルはすべて格子形グリルになった。

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5.日本メーカーのアイデンティティづくりについて
 2000年から2001年にかけて、日本の自動車業界では興味深い現象があった。2000年7月にマツダ、同年12月にスバル、2001年5月に三菱が各社の車種にそれぞれメーカー独自の顔を持たせることを表明したのである。マツダは五角形のファイブポイントグリル、スバルは台形グリル、三菱はフロントエンド中央部に三角形をモチーフにした部分を設け、そこにスリーダイヤモンドの三菱マークを配してグリル開口部を左右に分割したフロントスタイルだ。トヨタも同様の姿勢を打ち出したはずだが、残念ながらその情報を見つけられなかった。
 実は、日本の自動車メーカーの中で最初に共通の顔づくりを始めたのは日産だった。それはマーケティング上メーカーのアイデンティティが重要なヨーロッパでのことで、1990年に発売したプリメーラから採用し始めた。2002年4月に発売したモコ(スズキMRワゴンのOEMモデル)にはそのグリルが付けられ、"ウィンググリル"と紹介されていた。同グリルの展開は、マーチ、ティーダなどヨーロッパ向けモデルを中心になされたが、現在はバンのプリマスター(ルノートラフィックのOEMモデル)に残るだけである。ただ、SUVと一部の商用車にはウィンググリルをモチーフにしたような3分割ルックグリルを多くのモデルに展開して、ニッサンの顔をアピールしている。
 話をマツダ、スバル、三菱に戻す。マツダはファイブポイントグリルを堅持し、マツダの顔を浸透させつつある。同社は1975年からコーポレートアイデンティティ構築に取り掛かっていた経緯があり、顔づくりは本気のようだ。スバルや三菱は、その後に登場してきたモデルを見ると、以前に表明したことをもう忘れてしまった観がある。

6.おわりに
 ここに紹介したほかに、顔作りに取り組んでいるメーカーはいくつもある。自動車は21世紀に入ると国際商品化が加速し、スタイルは画一的なものとなり、民族色やメーカーの個性は希薄になった。それに加え、とくに日本では車種も多種多様を極め、OEM供給モデルも増加してきた。こうした背景が、冒頭で述べたようにメーカーをブランドアイデンティティの強化や確立に向かわせたものと考えられる。最近、メルセデス・ベンツを筆頭に、欧州勢は個性を際立たせようとしている。日本車には最近のレクサスを除いてまだ印象に残る顔はない。欧米で"日本車"と一括りにされる理由だ。"顔"がトレードマークとして広く認知され、アイデンティティを確立するにはそれなりの年月を必要とする。今後の日本メーカー各社の動きを見守りたい。

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執筆者プロフィール

1949年(昭和24年)鹿児島生まれ。1972年鹿児島大学工学部卒業後、トヨタ自動車工業(当時)に入社。海外部で輸出向けトヨタ車の仕様企画、発売準備、販売促進等に従事。1988-1992年ベルギー駐在。欧州の自動車動向・ディーラー調査等に従事。帰国後4年間海外企画部在籍後、1996年にトヨタ博物館に異動。翌年学芸員資格取得。小学5年生(1960年)以来の車ファン。マイカー1号はホンダN360S。モーターサイクリストでもある。1960年代の車種・メカニズム・歴史・模型などの分野が得意。トヨタ博物館で携わった企画展は「フォードT型」「こどもの世界」「モータースポーツの世界」「太田隆司のペーパーアート」「夢をえがいたアメリカ車広告アート」「プラモデルとスロットカー」「世界の名車」「マンガとクルマ」「浅井貞彦写真展」など。

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