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[主任設計者 ジウゼッペ・メロージの時代](1910~1923)
(01)1924 Alfa Romeo RM Sport
1923年から26年にかけて造られた「RM」は、前回登場した高性能スポーツモデル「RL」から2気筒減らした4気筒の普及版だが、写真のボディは高級車を手がける「カロッセリア・カスターニャ」製でパリ・ショーに出展された。(1996cc 44hp/3200rpm 100km/h)
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. [主任設計者 ヴィットリオ・ヤーノの時代](1923~1937)
(02) <1927-30 Alfa Rmeo 6C 1500 シリーズ>
「6C 1500シリーズ」はこのあと連綿と続くアルファロメオの小型スポーツカーの原点ともいえるモデルで、「ノルマーレ」「スポルト」「スペル・スポルト」とグレードによって3つのモデルがある。
(02-1) 1928 Alfa Romeo 6C 1500 Normale (ラグナセカ/カリフォルニア)
(02-2) 1928 Alfa Romeo 6C 1500 Sport(ブレシア/ミッレ・ミリア)
(02-3) 1928 Alfa Romeo 6C 1500 Super Sport(ブレシア/ミッレ・ミリア)
(03) <1929-32 Alfa Romeo 6C 1750 シリーズ>
「6C 1750シリーズ」は基本的には「6C 1500」のボアを3mm,ストロークを6mm延ばし1752ccにした発展型だが、その「強さ」「形の良さ」からヴィンテッジ期のイタリアのスポーツカーを代表するヴィットリオ・ヤーノの最高傑作と言われる。
(03-1) 1930 Alfa Romeo 6C 1750 Gran Turismo
我々がイベントで見る「6C 1750」は殆どが(と言うより全て)オープンのスポーツカーだったが、「ツリズモ」や「グランツリズモ」シリーズはキャビンのある一見普通の車だった。写真の車は「カロセリア・ツーリング」製のボディを持つベルリネッタで、約400台造られている。(ミュージアム)
(03-2) 1929 Alfa Romeo 6C 1750 Super Sport
「ツリズモ」がSOHC 46hpなのに対して、シリーズの中でも戦闘力の高いこの車はDOHC 64hpに強化されている。(スーパーチャージャー付きは85hp) 写真はミッレ・ミリアでアッシジを通過中のスナップ。教会で有名なこの街はどの店も宗教関連グッズばかりだった。
(03-3a) 1929 Alfa Romeo 6C 1750 Gran Sport
(03-3b) 1931 Alfa Romeo 6C 1750 Gran Sport
「SS」のスーパーチャージャー付き3シリーズが次のシリーズから「GS」と名前を変えて4、5、6シリーズとなった。従って「GS」は全てDOHC スーパーチャージャー付きの最強マシンで85hpから102hpまで造られた。ボディ-は「ザガート」と「ツーリング」が殆どで、バリエーションが多く見極めが難しい。(2枚ともビットリア広場/ミッレ・ミリア)
(03-4) 1931 Alfa Romeo 6C 1750 GTC Series5(コンプレッサー付き)
この車の「C」はクーペではなくコンプレッサー付きを表す。豪華な内装と高い性能を備えた贅沢な車でシリーズ中で一番高価だ。(ミッレ・ミリア/スタート)
(04) <1933 Alfa Romeo 6C 1900 シリーズ>
6C 1500からスタートしたシリーズの最終発展型で、1750のボアを65mmから68mmにアップした1917cc 68hp のエンジンは1種類しかなかった。
(04) 1933 Alfa Romeo 6C 1900 Gran Turismo
レースは想定外の実用車で1年しか造られなかったが約200台造られた。我々は趣味の対象として見るので、スポーツタイプに目が行きやすいが、実態は実用性の高い車の方が多く売れるようだ。(ミュージアム)
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(05) <1931-33 Alfa Romeo 8C 2300 シリーズ>
このシリーズは前回「レーシングカー」として既に登場しているが、分類がやや不明瞭だったので改めて説明する。シャシーの長さが3種有り2.75mには「コルト」と「コルサ」、3.10mには「ルンゴ」と「ルマン」があり、この4タイプの車種の分類は(スポーツカー)、2.65mは「モンザ」で車種は(グランプリカー)である。
(05-1a)1931 Alfa Romeo 8C 2300 Cort Spider by Touring
(05-1b) 1932 8C 2300 Corto(短い)
お馴染みのツーリング製のボディも幌を上げると随分とイメージが変わる。(2枚ともグッドウッド/イギリス)
(05-2) 1931-34 8C 2300 Corsa(競走用)
レースで活躍したこのタイプは「三ツ目」が定番だ。(ミュージアム)
(05-3) 1931-34 8C 2300 Lungo(長い)
「ルマン」は「ルンゴのシャシーに4座のボディを乗せた」とあるので「ルンゴ」のボディも基本的には「2座」だろうと思うが、資料からは確認出来なかった。写真の車もステップ付きでレース使用ではないが「4座」に見える。(ブレシア/ミッレ・ミリア)
(05-4) 1932-34 8C 2300 LeMans (ルマン用4座)
記録では「ルマン」は全部で9台しか造られていないが僕は4台を写真に撮っている。リアフェンダーからつながって天狗の鼻のようにニョキっと出っ張りがあるのが特長だ。(ブレシア/ミッレ・ミリア)
(05-5) 1931-33 8C 2300 Monza
「8C 2300」に中でも最強の「モンザ」は、ライトとフェンダーを外せばそのままグランプリ・レースを走る優れものだが、写真のように標準装備のまま公道を自走してレース場に行く
事もできた。(ペブルビーチ/カリフォルニア)
(06) <1935-39 Alfa Romeo 8C 2900 シリーズ>
8Cシリーズは2300,2600を経て1935年「8C 2900」と言うスーパー・スポーツ・カーに発展した。この時期、アルファ・ロメオのGPカー部門では全輪独立懸架、エアロダイナミックの「ティーポC」の開発中で、「8C 2900」はそのスポーツバージョンと言える。一説では36台残っていた「ティーポB」用のGPエンジンをデチューンしてこれに充てたとも言われているが、確かに「ティーポA」6台、「ティーポB」(コルト)20代台、(ルンゴ)10台、と製造台数とぴったり一致するが...。
(06-1) 1938-39 8C 2900B Lungo
この車はミュールーズのフランス国立自動車博物館(旧シュルンプ・コレクション)所蔵の車で、そこで買った重く分厚い解説書によると「1936 8C 2900A」とあるがこれは信用できない。ホイルベースの3.0mは「2900B・ルンゴ」 で「2900A」なら2.7mの筈だ。べつの資料によると オリジナルはカブリオレで1947年ピニンファリナでボディを換装している。
(06-2) 1938 8C 2900B Corto 2seater Racingcar
この車も旧シュルンプ・コレクションの1台で、1949年スイスのグラバーでレーシングカーに改造された。
(06-3a) 1938 8C 2900B Corto Spyder by Touring
ツーリングの手で色々なボディが造られたが、最初にお見せするこの車はステップ付きで一番オーソドックスなスタイルと言える。(コンコルソ・イタリアーナ/カリフォルニア)
本当は一車種一台が原則だが、戦前のアルファ・ロメオで最も豪華で美しいこのシリーズだけは、このあと一杯並べる事をお許しいただきたい。
(06-3b) 1938 8C 2900B Corto Spider by Touring
この車も控えめなステップを持つ、タウン・ユース仕様で、薄い一重のトップ(幌)から、カブリオレではなくスパイダーだ。ボンネットノ先端にツーリングのバッジが見える。(ペブルビーチ/カリフォルニア)
(06-3c) 1938 8C 2900B Corto Spider by Stabilimenti Farina
前の車とよく似ているが、こちらは「スタビリメンティ・ファリーナ」が手がけたスパイダーで、朝もやが残って雰囲気があり、僕のお気に入りの1枚だ。(ペブルビーチ/カリフォルニア)
(06-3d) 1938 8C 2900B Corto Spider by Touring
アルファ・ロメオとしては珍しくグレイに塗られたスパイダーで、これもツーリングのボディ。2つ前の(07-2b) と殆ど同じだが、こちらはステップが省略され、少しばかりスポーティさが見える。(グッドウッド/イギリス)
(06-3e) 1938 8C 2900B Corto Spider MM by Touring
部分的には前の車とよく似ているがこちらは純レース仕様で、全体のプロポーションやドア、ウインドスクリーンなどに違いが見られる。
(06-4a) 1938 8C 2900B Lungo LeMans Coupe by Touring
ここからはホイルベース3.0mのルンゴ(ロング・シャシー)となる。写真は1938年ルマンの為に造られた純レース用クーペで、この年2位に入賞している。このチョコレート色の他にアルファ・レッドの車も2回撮っているがどれもミュージアムの車なので同じ車かもしれない。
(06-4b) 8C 2900B Lungo Barchetta
前の車から屋根をとっぱらったようなこののっぺりした車は、残念ながらどこで造られたかの手がかりがない。この年代としては空気抵抗に対する配慮は完璧で、写真では判りにくいがフェンダーの中央部から後ろのボディが少し狭く、境目がエア抜きのスリットになっている。(ブレシア/ミッレミリア)
(06-4c.d) 8C 2900B Lungo Berlina by Touring
ルンゴと言うだけあってとにかく長い。前掲(06-3a)の赤いスパイダーと同じモチーフで造られたベルリーナだが、ボンネットが長いだけでなく、ルーバーも必要以上?に沢山並んで、視覚的にもエンジン・ルームを長く見せている。(コンコルソ・イタリアーナ)
(06-4e.f) 8C 2900B Lungo Berlina by Touring
前の車と同じプロポーションと思われるが、ルーバーが普通の長さに留まっているので、ボンネットが異常に長いと言う印象は受けない。ツーリングのバッジはボンネットの前方にある事が多いが、この車は後方に付いている。(グッドウッド/イギリス)
(07) <1934 - Alfa Romeo 6C 2300 シリーズ>
「2300シリーズ」にはスポーツカーの流れを汲む「8C」とツーリングカーの「6C」があるので紛らわしい。「6C 2300」は「8C 2300」の普及版ではなく「6C 1750」の実用車シリーズ「ツリズモ」の後継モデルで見た目も普通の乗用車と変わらない。とは言っても、エンジンはDOHC 2バルブでアルファ伝統のメカニズムは手を入れればスポーツカー・レースも戦えるポテンシャルを持っていた。その証拠には1939年ボアアップして「6C 2500」となり、1952年まで生産が続けられたから戦後のアルファのスポーツカーはこの一族である。
(07-1a) 1934 6C 2300 Gran Turismo Berlina(ミュージアム)
(07-1b) 1934 6C 2300 Gran Turismo Coupe(ミュージアム)
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(08)<1935-39 Alfa Romeo 6C 2300B シリーズ>
「6C 2300」シリーズは1年後の1935年、全輪独立懸架、オイルブレーキに変わり、新シリーズ「6C 2300B」となった。コイルサスペンションの採用でラジエターがフロントアクスルより前に前進し、全体のプロポーションが変わりモダン化が進んだ。
(08-1) 1935-37 6C 2300B Pescara Spider
1934年ペスカーラで開催されたレースに参加した3台が1,2,3位を独占してしまったので、そのレプリカが「ペスカーラ」として発売された。カロセリア・ツーリング製の全作品が掲載されている分厚い本の中にこのスパイダーでパレードしているムッソリーニ首相の写真を見つけた。(ブレシア/ミッレミリア)
(08-2) 1938-39 6C 2300B Corto Spider
この頃のアルファ・ロメオは殆ど同じスタイルが別のモデルにも使われ、モデルの特定には苦労する。この素晴らしい2トーンのスパイダーはアルファ自身のデザインに依る物だが原型は1935年の8C 2900Aにあり、それにはグリル周りにスリットがあるので識別できる。(ブレシア/ミッレミリア)
(08-3) 1937-39 6C 2300B Mille Miglia
写真の車はカロセリア・ツーリングのデザインだが、これにも前の車と同じよう「8C 2900B」にソックリさんが存在する。厄介なことにこちらはグリル周りのスリットまで同じだから、エントリー・リストで確認するしかない。(フータ峠/ミッレ・ミリア)
(08-4a.b) 1935 6C 2300 Aerodinamica Spider
この正体不明の車は(といっても表示版には明らかに6C 2300と書いてあったが)イギリスのグッドウッドのイベントで撮影したもので、説明によると当時のイタリアの独裁者だったムッソリーニの要望でヴィットリオ・ヤーノを中心に秘密裏に開発したらしい。「アエロダイナミカ」の名の通り1935年とは思えない流線型のボディは当時のオリジナルなのだろうか?アルファ・ロメオの最初のミッドエンジンとして知られるティーポ512は1940年発表されたのにそれより5年も前にこのレイアウトとは! 謎の多い車だ。
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[主任設計者 ジョアッキーノ・コロンボ/ウイルフレード・リカルトの時代](1939-45)
(09) <1939-42 Alfa Romeo 6C 2500 シリーズ(戦前)>
~ このシリーズは戦後の1952年まで続く~
1939年「6C 2300」はボアを2ミリ広げ「6C 2500」(2443cc)となった。ラインアップは「ツリズモ」「スポルト」「スペル・スポルト」「スペル・スポルト・コルサ」と軍用車「コロニアレ」の5種が用意された。
(09-1) 1939 6C 2500 Sport Cabriolet by Touring
戦後につながる傑作シリーズの初期モデルで、「カブリオレ」だけでなく「ベルリネッタ」もある。この車はヘッドライトがフェンダーの先端にあるが、フェンダーとグリルの中間にあるタイプなどバリエーションが多い。(レトロモビル/パリ)
(09-2a) 1939 6C 2500 Supre Sport Berlinetta by Touring
「スポルト」の3mに対して「スペル・スポルト」は2.7mのショートシャシーだが、写真ではその違いはわからない。これまでは「SS」と言えば「コンプレッソール」(スーパーチャージャー)付きと決まっていたが、この車は3キャブに強化しただけだ。(ブレシア/ミッレ・ミリア)
(09-2b) 1939 6C 2500 Super Sport MM Spider by Touring
カロセリア・ツーリングによる一連のこのシリーズは、少しずつ変化しつつ、より速そうになって来た。バリエーションとしてボンネットやヘッドライトの横に穴のあいているものや、クーペタイプもあった。(ブレシア/ミッレ・ミリア)
(09-3a) 1939 6C 2500 Supre Sport Corsa
戦後のアルファ・ロメオの傑作"フレッチアドーロ"(金の矢)を予測するようなこのモデルは、ピニンファリナの匂いがするが実はミラノの「カロセリア・コッリ」と言うあまり知られていないワークショップの作品だ。戦後この工房はディスコ・ヴォランテの後継モデルとして知られる1953の「6C 3000CM」も生み出している。(ブレシア/ミッレ・ミリア)
(09-3b) 1939 6C 2500 Super Sport Corsa
こちらはカロセリア・ツーリングのシリーズの中の一台で「8C 2900B」にも双子の兄があり、参加リストなどで確認しないと識別不能だ。場所はミッレ・ミリアの難所「フータ峠」に向かう最後の上り坂だ。
(09-3c) 1939 6C 2500 Super Sport Corsa
最後はまたまた僕の描いた絵が登場してしまった。6C 2500 SSとなっているが、ボンネットのルーバーの形はもしかすると同じホイルベースの8C 2900Aの可能性もある。この素晴らしいプロポーションはアルファ自身のデザインである。(コンコルソ・イタリアーナ/カリフォルニア)
「6C 2500」シリーズはこのあと「戦後」に続きます。