僕が初めて自動車の写真を撮ったのは昭和23年(1948)の事だから、数えれば今から64年も前になり、若い人から見れば殆ど歴史上の話に近い。日本が戦争に負けてまだ3年しか経っていないから街は連合軍に占領されていた。当時中学2年生だった僕が住んでいた静岡にも、駿府城の内堀に面して「連合国司令部」が置かれており何時もピカピカのアメ車が停めてあった。そこで撮った「ポンティアック」が僕の写真1号である。当時の日本は食べるものにも事欠く生活で、勿論子供がカメラなど持っているほど豊かな社会ではなかった。だからこの写真を撮ったのは、駄菓子屋で売っている「おもちゃのカメラ」で、それだけにこの写真が上手く写った事は奇跡に近い。固定焦点、絞りなし、シャッタースピードも固定、だから撮る人の技術はあまり関係なく、多分「偶然」被写体側の条件が良かったからかもしれない。
このフィルムは27×45ミリの1枚撮りで、駄菓子屋のおばさんが店先でバットに入った赤い液の中に入れて現像してくれる。今考えると赤に感光しない「オルソ・パン」と言われる種類のフィルムだったようだが、もしかしたら結果が良かったのはこのおばさんの現像が「偶然」上手く行ったのかもしれない。
さて、このフィルムはこのあとどうするのか、カメラ屋さんにプリントを頼む事は無かった。子供に出来るプリントといえば「日光写真」の記憶はありませんか。実際に引き伸ししたのはかなり後年、自分で暗室処理をするようになってからだった。その後、すっかり忘れていたが、古いフィルムを整理していて偶然発見したのがこれだ。引き伸ばしてみて驚いたのは、そのナンバープレートで「17-674」と読めるが左端に縦書きで「JAPOC」と入っている。(写真1・abc)
僕の撮ってきた写真は自動車ばかりではない。家族や会社の旅行などプリントしてしまえば殆ど役目を終わってしまうフィルムは、何の保護もされないまま、割と雑にそのまま放り込まれてあった。一方、自動車関連は、乾燥剤と共に50本づつクッキーの缶やプラスチックパックに入れ、テープで密閉して保管していた。(写真2・フィルム保管)
約40年後、『60年代街角で見たクルマたち ヨーロッパ車編』の出版に当たって密封を開いた段階では殆ど劣化は見られず、フィルムからキャビネ版のプリントを作成する事が出来た。ところが、1年後、『アメリカ車編』で使うため取り出したところ、なんとフィルムの膜面にブツブツが一杯出ていたのだ。どうも何かが化学変化して気化したらしい。ツンと酸性の強い臭いが鼻を突いた。まっ先に思い付いたのは「仕上げの水洗不足?」だった。しかし初期の頃の現像は本職の写真屋さんに出していたし、皮肉なことに、同じ頃撮ってそのまま放ったらかしにしてあった家族や旅行の写真の方はなんの変化も見られないので、現像処理のせいではなさそうだ。僕には原因が判らないが密閉しない方が良かったのかもしれない。(写真3ab・ブツブツの出たフィルム)
それに加えて、もう一つの強敵は「かび」で、主にフィルムベース側(膜面ではない方)に発生した。これは全面に影響が出るので、「補正」の面積が広く厄介な存在である。この「かび」は傷が付かないように滑らかに磨いた親指の爪でしごきとり、跡をレンズ用の軟らかい布で拭き取るとかなり効果があるケースもあった。(写真4・かび)
「劣化」が始まったのに気がついて直ちに「デジタル化」の作業に入った。前回「ハウ・ツウ・ファイリング」で触れたように、スキャナーが持つ最高の解像度「3200dpi」でパソコンに取り込んだ。けっこう時間の掛かる作業で、1コマ3~4分、6コマ1列が17~8分、36コマ(フィルム1本)だと1時間45分必要となる。モノクロ326本、カラー645本、合計971本で1700時間が必要だ。単純計算で1日6時間づつ作業しても283日かかる勘定で、週休2日のサラリーマンが毎日取り組んでも1年では終わらない。実際には2年近くが必要だった。(写真5・スキャナー)
かくして取り込んだ「デジタルデータ」は既に劣化したフィルムから取り込んだ物だから残念ながらそのままでは使い物にならない。そこで優先順位を付け特に貴重なものや、愛着のあるもの、極端に状態の良くないもの、に限ってデジタルの長所を生かした修正(補正)を施している。
① 明暗、コントラスト、色合いなど、画像本来のグレ-ドアップ。
② トリミング、傾斜補正、など見た目の正常化。
③ ホコリ、キズ、ブツブツによる白抜け、かびにより這い回る線、など保管時の劣化補正。
修正ソフトは、
①の画像グレードアップと②のトリミングは「フォトスタジオ5」
②のトリミング、傾斜補正の他、画像合成などは「アドビ・フォトショップ・エレメント」
③の劣化画像の補正は「キャノン・デジタル・フォトプロフェッショナル」(コピー・スタンプ・ツール)を使用している。
<ブツブツの修正>
ブツブツの出方は色々あって、大きめが数個から大小全面びっしりまで千差万別で、その補正テクニックもさまざまだ。一番簡単なのは「空」とか「黒いボディー」など周りと同色のキズは、そのまま脇から貰って埋めれば良い、数が幾ら多くても時間さえかければいつかは終る。少々厄介なのは曲線を含む欠落で、少しずつ端からつなげていく訳だが、慣れればそこそこ上手になる。次に難しいのはグラデーションのある広い面積を埋める作業で、僕の持っているソフトでは一発で対応出来ないので、似通った濃さの所を探して少しずつ埋め、結果を見ながら微調整している。エアブラシを使って絵を描いている感覚に似ている。一番困難なのはヘッドライトやドアノブなど細かい部分が欠落している場合で、ヘッドライトは左右で「大きさ」「角度」が違うので単純に転写出来ない。ドアノブは4ドアの場合転写出来る事が多いが、2ドアの場合はお手あげだ。どうしても解決出来ない場合は別の写真から合成した例もある。(写真6ab)
次の写真もブツブツを修正した例だが、一寸いたずらがしてある。3枚目のフロント・フェンダーに注目! 無料で板金修理をしてしまいました。(写真7)
いたずらついでにもう1枚。少しでも良く見せたいと思うと、つい余計な事をしてしまう。日頃から残念に思っていたこの車も無料で板金修理してあげよう。余計な修正を加えた物は必ずオリジナルを基本番号で保存し修正分はサブ・ナンバーで区別してある。(写真8)
<全面「かび」画像の修正>
写真4で見るように除去作業が上手く行ったものは殆ど完全にきれいになる。しかしこの作業が有効でない物については相当面倒な処理が必要となる。それはブツブツの場合は「点」だが、かびの場合は「線」で、しかも画面全体広範囲に広がっているからだ。だから結果的には画面全体を端から全部細かく修正するという気が遠くなるような作業が待っているのだ。(写真9)
これらの作業は根気のいる仕事だが、作業が進むに連れて見る影もなく劣化していた画像が見違えるように生き返って来るのはそれは嬉しく楽しい。ブツブツの例に使用した「ボルボ」などは2日がかりだったが絵を描いている時のようで時間は気にならなかった。少しでも多く良い状態で画像を残したいと日夜頑張っているが、最終結論はなぜ「もっと早くにデジタル化しなかったか」という悔いが残ることだ。
次回は 路上駐車が禁止された後、車の集まる場所を探して歩いた「イベント会場にて」を予定しています。