第24回 江戸時代の下衆不倫

 浮気の弁解のセリフ「不徳のいたすところ」とは一体何のことなのでしょう。下半身のいたすことは、別人格なのでしかたがないという言い訳でしょうか。先日、歌舞伎役者の不倫騒動の会見を見たら、シリアスな表情なのにどこか、京都の美人芸妓と浮気したというドヤ感&甲斐性アピールが......。女性が浮気すると激しく断罪されるのに、男性だと軽い扱いなのが理不尽です。
 江戸時代の夫婦の浮気事情はどうだったのでしょう。不倫は不義密通という重罪だったとされていますが、実際はお金で解決できていたそうです。また、男性の風俗通いの風習もありました。遊郭といえば吉原で、そのほかに品川、深川、新宿、板橋などの色町が点在。メジャーなところは「本場所」と呼ばれ、それ以外に「岡場所」というカジュアルな遊び場もありました。
「たまたまはよいと亭主はふとく出る」
「あの義理のこの義理のとて出られやす」
適当な理由をつけて女遊びに出かける夫。たまには良いだろう、と開き直る人もいます。
「風ふかばどころか女房嵐也」
こちらは知的な引用の川柳で「伊勢物語」の「風吹けば沖津白波たつた山夜半にや君が一人越ゆらむ」という歌に由来しているそうです。伊勢物語の方は、夫が浮気して別の女のもとに通っているのを知りながら、道中の安否を気づかう妻の思いを詠んでいて、けなげさに目頭が熱くなる歌です。それに比べて川柳の妻は嵐のように激怒......というかそちらが普通です。
「胸ぐらとたぶさをわける両どなり」
胸ぐらをつかむ妻と、髻を引っ張る夫。修羅場の気配です。なぜ夫が逆ギレしているのか、という気もしますが......。
「さし足で帰る亭主は邪推なり」
と、そっと気付かれぬように朝帰りする夫。でも気付かれたら大変です。
「女房のどなるは安い朝帰り」
「すりこぎの出るのは安い朝帰り」
髪を振り乱し途中まで乗り込んでくる女房も。
「女房は土手のあたりで髪がとけ」
妻が無言で静かな怒りを漂わせているというのも逆にプレッシャーです。怒鳴ったりして怒りを発散してくれる方がいいかもしれません。
「女房が利口でこまる朝帰り」
「移り香を女房はむごく引ふるい」
「朝帰り旦那が負けてしづか也」
円満に仲直りする句も。
「今度から行きなさんなと仲直り」
男性の素直な思い、リビドーについて語った句は
「女房のじれる程には持てぬ也」
というものが。男女間で性欲の差があったのでしょうか。当時の女性は家事の負担が大きいので、夜にはあまり体力が残っていなかったのかもしれません。
いっぽう、旺盛な夫は、下女の方にいってしまうことも。下女という名称がまず不憫で、言われるがまま主人に従う、絶対的な主従関係を匂わせます。
「おりんめにさとられるなと下女へ這ひ」
「おりん」とは「焼き餅焼き」の意味で、この場合妻のことを指します。下女と共犯関係で結ばれようとする姑息な夫。
「産前と産後に下女は用い」
これはひどい......。妻を何だと思っているのでしょう。下女にしたって「用い」とは、まるで道具のようで蔑視的です。
「焼塩で湯漬け喰ひ喰ひ下女をねめ」
夫と妙に馴れ馴れしい下女をチェックする妻。下女、お手伝いさんはたいてい一年契約だったそうです。
「重年をさせなさるかと水をむけ」
しかし主人と密通した下女は、寝所でそれとなく翌年も雇うように要求。これが枕営業の元祖でしょうか。
「しょこなめた下女は今年も今年も居」
こっそりいいことをする、という意味の「しょこなめた」。語感も妙に卑猥です。
美しい下女(美下女)だと妻も警戒し、二人の動向を観察。
「すっばりと這はせておいて内儀起き」
「寝たふりで這ひこむとこを女房見る」
同じ家に美人がいたら、何か問題が起きることは予想できますが......妻より不細工な人を雇うとかで対処できなかったのでしょうか。
「おやおや旦那様がと下女小声なり」
「アアラ旦那の滅相と下女たまげ」
なんとなくいい雰囲気で誘っておきながらも、実際に夜這いに来られたら驚いてみせる下女の処世術。
「下女亭主帯ひろどけで〆られる」
現場を妻に押さえられると、非常に気まずいです。
「あくる朝下女は旦那をじろじろ見」
「這った明日下女女房無言なり」
「女房ツン下女ツン亭主やはりツン」
「ツン」という擬音は江戸時代からあったんですね。いたたまれない空気が漂う句です。
実際の現場を押さえる以外でも、浮気がバレることが。
「はやり目が女房を置いて下女へ行き」
夫の眼病がなぜか妻にうつらず下女に伝染。言い逃れできないものがあります。逆に、夫が女郎からうつされた性病が妻にうつることも。現代でもありますが、妻にしてみれば怒り心頭です。家計を風俗に使われるだけでなく、治療費の支出があるとは......。
「鴛しらみ女房にゆすりぬかれたり」
「巻ぞいにあって女房も山帰来」
「山帰来女房ぶってうつらで飲み」
「山帰来」は梅毒の薬。妻が怒りながら薬を飲んでいる、という句です。江戸時代の梅毒罹患率はかなり高かったようです。梅毒の起源は、コロンブスがアメリカからヨーロッパに持ち込んだという説が(ヨーロッパからインド、中国、日本へ)。英雄イメージのコロンブスですが、何てことをしてくれたのでしょう。梅毒にかかってこそ男は一人前、梅毒を経験すれば遊女は一人前、といった間違った価値感も蔓延していた江戸時代。半分性病で脳がやられていたのでしょうか。エロ時代はどうかしてました。
 夜這いが得意で下女扱いに長けていた江戸の男性ですが、妻の女友達とはどう接して良いかわからなかったようです。
「女客亭主ちそうに他出する」
空気を読める夫は外出してくれましたが、
「女客亭主にこづきしかられる」
「女客亭主出ばって比られる」
妻の友だちが美人だとちょっかいを出して叱られたり。
そして夫を追い出すと、女同士は気の置けないトーク
「女客さすが鸚鵡もあきれはて」
「女客先ず重箱をはしらかし」
おいしいものを食べながら、オウムが引くほど喋りまくり盛り上がります。女子会の起源がここにありました。きっと夫の浮気の件などもここで話してストレス発散していたのでしょう。いつの時代も女性はタフです。

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