17、「
切り前髪に大きな潰し島田に結っているのは、若い芸者であろう。文化・文政頃に流行った笹色紅色(紅花から作った紅を濃く塗ると、緑色になったもの)をしている。右手には南天模様の懐中鏡を持ち、左手には「志きぶ」と書かれた刷毛を使って白粉を延ばしている。この「志きぶ」というのは、『浪華百事談』(幕末~明治にかけて書かれたもの)によると、山城国の福岡式部という筆の老舗が浪華で質のよい白粉刷毛を作り、全国的に有名になった、とある。
右上のこま絵に描かれているのは、杯洗と白粉の美艶仙女香である。美艶仙女香というのは、寛政頃活躍した歌舞伎の名女形だった瀬川菊之丞の俳名「仙女」から名付けたもので、京橋南伝馬町三丁目の稲荷新町にあった坂本氏から発売されたものである。こま絵の左に「美艶仙女香といふ 坂本氏のせいする白粉の名高きに美人によせて 白粉の花の香のある美人かな 東西菴南北」と書かれている。この東西菴南北というのは、通称を朝倉力蔵といい、戯作者であり木版彫師で、浮世絵なども描いたという。今でいうマルチタレントである。
描かれている芸者は、菊の花のついた簪を何本か挿し、長い笄も挿している。着物は八重裏桜の紋が描かれ、帯びには唐鐶木瓜の模様が見えている。色の白いのが美人とされた時代である。そのためには、白粉を丹念に延ばし、色白に見せるのも芸者にとっては仕事の一部である。洗練されて粋なさま、つまり婀娜な姿である。
18、「今風化粧鏡
タイトルにある「房楊枝」とは、江戸時代の歯ブラシのこと。潰し島田に赤い櫛を挿しているのは、粋筋の女性であろうか。左手に持っているのは、赤く色がついた
この女性の着ている着物には桜が描かれ、中着も白抜きの桜である。ついている紋は二つ斜め
因みに、当時の鏡は銅と錫の合金製で、表面を磨いた上に錫アマルガム(錫と水銀の合金)を塗っていた。塗りたてはガラス鏡と同じくらいよく見えていたが、長く使うと曇って映りが悪くなるので、鏡研職人が定期的に家々を回って磨き直していた。
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