第11回 江戸時代のおそるべきナンパ術

 男女が出会って恋に落ちる......人間の営みの基本ですが、江戸時代も、現代と同じような恋愛模様が繰り広げられていました。
 しかし、今では絶対に受け入れられないと思われるのが、男性が女性をナンパするときの手法。
「つめられるたんびに娘そだつなり」
「こころみにつめって見ればむごん也」
つめる......、そう、「つねる」のです。タイプの女性を見つけたら、男性はその女性のお尻をつねって気を引いたそうです。叩くパターンもあったそうですが、どちらにせよ現代では軽犯罪の域。今自分で自分をつねってみましたが、お尻は脂肪が厚いので全然痛くないです。だからといってやっていいこととは思えません。しかし江戸時代では......
「憎くない娘他人につめられる」
「間ちがひでたたひた尻が封じて来」
間違って別の女性のお尻を叩いてしまっても、女性の方がその気になって手紙を送ってくることもあったり、この風習に対してまんざらではなかったようです。
 一方で文化系男子の口説きは、手紙を送ることでした。つねるよりもはるかに紳士的です。
「こわいもの見たし生娘封を切り」
「あたりをきっと見廻して文を出し」
周りに見られないようドキドキしながら封を開ける乙女心。
「恋の文臍といもじの間に置き」
 いもじとは腰巻きのこと。大事な恋文を下着に入れて隠し持っています。やはりメールと比べ手紙は直筆だったり物体として存在しているので、強いです。つい最近も片思いの相手に毎日40通手紙を渡し続けて結ばれた俳優がいましたが、言霊の力が発揮される手紙の力が、また見直される予感です。
 でも江戸時代の娘さんははっきりしていて、嫌いな相手からの手紙だったら、
「わがすかぬ男のふみは母に見せ」
「なげかへす文をおぼへて居なと取り」
お母さんに見せたり、投げつけたりと、にべもないです。 
 手紙以外でも、タイプでない男性に口説かれた女子は......
「わっちゃあいやよとこわ高に娘いひ」
「不承知な娘ひたいへしわをよせ」
と、露骨すぎる拒否反応。
「寄りなると是でつくよとむすめいい」  
と、針仕事中の女子は針で威嚇したり
「逃げしなに娘きせるでむごくぶち」
キセルで激しくぶってきたり、江戸の女子は気が強いです。
しかし男子の口説き方が、ぶたれても仕方ないくらいひどい場合も。
「くどきそびれてかんざしを又かりる」
「かんざしを借りかの穴をほる手だて」
当時、女子に声をかける口実として「耳の穴を掃除したいからかんざしをちょっと貸して」と頼む風習があったとか。かんざしで耳掃除......ゾワゾワします。ふつうに汚いし、現代ではありえません。言われたら瞬時に生理的にダメになります。江戸時代の女子は、好きな相手にならお尻をつねられても、かんざしを耳垢まみれにされても良いと言うのでしょうか。価値観がおかしいです。
 男女の駆け引きはまだ続きます。
「くどかれて娘は猫にものをいひ」
と、猫にそっと告白してみたり、
「よしなよとむすめ一寸ほどゆがみ」
口ではよしてと言いながら、体は男性の方に傾いていたり
「れて居てもれぬふりをしてられたがり」
惚れていてもそれを相手には見せないテクニックや、
「逢ふ度にこわがりながら逢ひたがり」
娘心に男性の本当の望みは何であるか察している様子など、恋愛初期のドキドキするシーンが川柳に描かれています。
「ばからしいいやとくらい方へにげ」
いやがりながらも、人気のない方へ自分から男性を導く女子の姿が目に浮かびます。
「とく心のむすめふふんと笑う也」
「文を書く娘は封を切らせる気」
と、それとなくOKだと相手に伝え、覚悟を決めます。
「今ふうはすてっぺんから寄りかかり」
「いじらせて見なとおへねへむすめいひ」
自分からしなだれかかったり、挑発する積極的な女子も。「おへねへ」は「手に負えない」の意です。
 男性側も、言葉巧みに女子を説得しようとします。
「いたひこたないとむすめをくどいて居」
「はらまないしかたがあるとくどく也」
痛くないから、避妊気をつけるから、とここは今と変わりません。
「毛にさわる迄は地女むづかしい」
「地女」は素人女(遊女ではなく)の意味。生々しい川柳です。
「今するかするかとこわくはづかしい」
「はづかしさかくごのまえにわりこまれ」
そしてついに男子は思いを遂げ、女子は処女喪失。
 処女が非処女になった場合、どのような変化があるのでしょうか。現代で言われている都市伝説が、非処女は足首がきゅっと締まっているとか、鼻の頭を押した時先が割れたら非処女、黒目と白目の境目が青いと処女で青くないと非処女、など。乳首が黒ずむ、という説は江戸時代にもメジャーでした。
「ませ娘歯よりも乳首を先へ染め」
 それ以外にも、
「生きものを喰って尻が平くなる」
「太棹を遣って娘の声変わり」
 江戸時代の人の鋭い観察によると、処女が非処女になった時の変化は、「声が少ししわがれる」「ふっくらしていたお尻が平らになる」など。
「初茸を喰ふと娘の声がさび」
初茸を切ると刃物がさびる、という現象を、男性器と娘の声にかけている名句です。
 一度性行為の気持ちよさを覚えてしまうと、病み付きになり、結果子どもができてしまうことも。
「白状をむすめはうばにしてもらい」
「根をおして聞けば娘は泣くばかり」
「しかられて娘はくしのはをかぞへ」
 思い詰めて家出してしまう女子もいました。
「しんじつな娘へのこを追って出る」
 妊娠して思い悩む女子もいれば、子どもをおろしたり、ビッチ系キャラと開き直って遊ぶ女子もいます。
 「あいきゃう娘そこからもここからも」
 長屋の壁や便所などに、色娘の名前が落書きされることもありました。
「雪隠に有る名のむすめすごいもの」 
 ちょっと前まで、ヤンキーのかわいい子の名前が街のベンチとかに彫られたり、この風習は続いていた気がします。すっかりネットに代替わりしましたが......。
 ビッチで名を馳せた娘さんは、それ相応の、芸者になったり隠居や僧侶のお妾におさまったり、色女としての人生をまっとうします。
 「御めかけに出たで近所のおだやかさ」
 江戸時代の男女はナンパしたり、されたり、恋愛離れとは無縁の刺激的な青春を送っていたようです。もう少し、異性への許容範囲を広げてみたら? とご先祖様に言われているようですが、かんざしで耳掃除だけは絶対に受け入れられません。

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