第3回 江戸時代の幸せな育児

 今回は、引き続き『川柳江戸 女の一生』から、江戸時代の育児の様子が垣間みられる川柳を紹介いたします。育児は未経験ですが、周りの友人知人からは、とにかく睡眠時間がなくなるとか、手伝わない夫への憎しみがわいてくるとか、壮絶な話を伝え聞きます。
 比べて、江戸時代の川柳は意外にも牧歌的でした。例えば......
 「添乳してついせんたくが夢になり」
 授乳中、お母さんがつい居眠りして洗濯できなくても大丈夫、誰かがやってくれる感が伝わってきます。
 当時は祖父母や乳母も同居していたりして、育児の負担が母親1人にかかってこなかったのでしょう。皆で子どもに愛情を注いで大切に育てていたのです。
 江戸時代よりも前の安土桃山時代、日本に来たフランス人宣教師ルイス・フロイスが、「これほど子どもを可愛がる国民を見たことがない」と驚いたくらい、実は世界的にも子煩悩な日本人。「子はかすがい」「子宝」などの、子どもを珍重する言葉もあります。川柳にもその風潮が表れていました。
「叩かれず赤子の顔の蚊のにくさ」
 赤ちゃんの頬の血はいかにもおいしそうで、蚊が吸いたくなるのもしかたないですが......。寝ている赤ちゃんを起こせずにただ見守るしかない親のもどかしさが伝わる句です。
「蠅が来ていやいやをする昼寝の子」
 という句も。蚊に比べて赤ちゃんの拒否感が強いのが伝わってきます。
 当時はやはり住居の機密性が低かったのか、蚊や蠅対策に蚊帳を使うご家庭が多かったようです。「枕蚊帳」「ほろがや」という名称で、蛇腹状なので関西では「芋虫と」呼ばれていたとか。図を見ると結構おしゃれなデザインでした。
「ほろがやで小さな夢を押かぶせ」
「よく寝れバねるとてのぞくまぐらがや」
 蚊帳に入れて大切な赤ちゃんを守っている様子が伝わってきます。赤ちゃんを優先するあまり、父親はないがしろに......。
「寝かす子をあやして亭主叱られる」
「手のひらへ赤子をのせて叱られる」
「軽々と赤子をだいて叱られる」
 結局何をしても叱られるようです。
「きんたまをけられ抱き寝をよしにする」
と、赤ちゃんにまで蹴られてしまうお父さん。
「屁をひった子をこわそうにだいて来る」
うんちしそうな赤ちゃんを、どうしていいかわからずに抱いて来る江戸時代のお父さん。姿が目に浮かびます。
 こわごわといえば、寝ているスキに赤ちゃんの髪を切るのも一苦労でした。
「抱きかへる内剃刀を研ぎ直し」
「二日かかってようようと子のあたま」
「右の乳で寝かすきのふの剃りのこし」
「ねたばをあわすそのそばにすうやすや」
「ねたばをあわす」は「寝刃を合わす」と書き、切れ味の鈍くなった刃を研ぐことを意味します。「寝刃」という単語と赤ちゃんが寝ている様子をかけたさりげなくアカデミックな句。ちなみに現代では、赤ちゃん専用の散髪バサミを使い、ケープを着せ、おもちゃやアプリなどを見せて注意をそらせながら手早くカットする方法が推奨されています。物が増えただけ複雑になっています。
 当時も今も変わらないのは子煩悩の心。直球にこの単語を使った句も多いです。
「手をうってお出お出と子ぼんのふ」
「ねぶってて顔を預ける子ぼんのふ」
「子ぼんのふ小判をもたせてこまる也」
「子煩悩首さしのべて打たれたり」
 何をやっても、顔をいじっても首を打たれても、お金を取られても赤ちゃんはかわいいのです。当時から日本では、かわいいは正義、だったのでしょう。
「二人してあんよ上手とぶらさげる」
「寝て居ても団扇の動く親心」
「子が出来て川の字なりに寝る夫婦」
「権蔵をはいた千鳥の愛らしさ」
 権蔵とは、草履を表しています。それにしても何でしょう、川柳に漂うこの幸せ感。平成の日本では、サラリーマン川柳、シルバー川柳などぼやきや愚痴を綴った句が多いのに、江戸時代の川柳には不平不満がほとんど見られません。自分たちの祖先が保っていたピースフルな精神状態は、きっと遺伝子のどこかに残されているはずだと信じたいです。

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